第4回の熱重量測定では、ゴム・炭素質・無機残分を質量の変化から読みました。しかし、熱重量測定だけでは「硫黄がどれだけあるか」「残った硫黄がどんな形か」は分かりません。今回は全硫黄と遊離硫黄を別々に測る理由を、測定の流れと結果の読み方から整理します。

加硫ゴム中の硫黄を全硫黄と遊離硫黄の二つの視点から調べる模式図
全硫黄は試料中の硫黄全体、遊離硫黄はそのうち規格が定める特定の化学形態を対象にする。

先に結論:二つの数値が答える問いは違う

全硫黄は、試料全体に含まれる硫黄を元素としてどれだけ測定できたかを表します。硫黄の由来は、未反応の加硫剤だけではありません。ポリマー間の硫黄架橋、加硫促進剤・硫黄供与剤とその反応生成物、硫黄を含むポリマーや無機配合剤なども候補です。したがって、全硫黄値をそのまま「架橋に使った硫黄量」とは読めません。

一方、ISO(国際標準化機構) 20163:2019でいう遊離硫黄は、加硫で消費されずに残った無機の遊離硫黄(Sx)を対象にします。試料から溶剤で取り出し、トリフェニルホスフィン(TPP)で反応させて測定します。抽出できる硫黄化合物の総量でも、加熱時に放散する硫黄化合物の総量でもありません。

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知りたいこと主に使う方法数値に含めてはいけない解釈
試料全体の硫黄を元素量として知る日本産業規格(JIS)K 6233による燃焼・イオンクロマトグラフィー全硫黄=硫黄架橋量、とはならない
加硫後に残った未反応の無機遊離硫黄を知る国際標準化機構(ISO)20163による抽出・誘導体化・クロマトグラフィー遊離硫黄=抽出された硫黄系成分すべて、とはならない
加熱時に揮発する硫黄・硫黄化合物を知るJIS K 6242-1/-2による加熱・捕集・クロマトグラフィー遊離硫黄値から揮発量は計算できない

全硫黄:JIS K 6233の測定の流れ

JIS K 6233:2016は、ゴム中の全硫黄を、燃焼で生じた硫黄成分を吸収液に捕集して硫酸イオンとしてイオンクロマトグラフィー(IC)で定量する方法です。規格には管状炉で燃焼する方法と、酸素燃焼フラスコを使う方法があります。試料の種類、予想濃度、充填剤を確認して選びます。JIS 2016年版はISO 19242:2015を修正採用した規格であり、現行のISO 19242:2021と版を混同しません。

全硫黄測定で、ゴムの採取、燃焼、吸収、硫酸イオンのIC測定を順に示し、難溶性硫酸塩で回収できない経路も示す
ICが正確でも、燃焼・捕集の段階で失われた硫黄は結果に入りにくい。

最大の注意点は、生成した硫酸イオンがすべて吸収液へ移るとは限らないことです。 たとえばバリウムのように難溶性硫酸塩を作る金属が試料に含まれると、硫黄が硫酸バリウムとして固相に残り、吸収液中の硫酸イオンだけを測ると低く出る可能性があります。JIS K 6233の公開プレビューとISO 19242:2021は、酸素燃焼フラスコ法を、硫酸バリウムのような難溶性硫酸塩を作る金属を含むゴムには適用しないとしています。酸化亜鉛、炭酸カルシウム、炭酸バリウムなどの名称だけで回収率を一律に決めず、実際の金属種・燃焼生成物・捕集条件を見て判断します。

また、全硫黄が0.1質量%未満と見込まれる試料では、フラスコ法では十分な精度を得にくい場合があり、管状炉法が適します。これも規格が示す適用上の注意です。管状炉を選んでも、あらゆる充填剤から硫黄を完全に回収できると無条件に保証されるわけではありません。既知組成品や回収試験で確認します。

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試料の状況測定前に確認する点結果の扱い
バリウム系充填剤を含む難溶性硫酸塩の形成、フラスコ法の適用外条件燃焼・捕集を含む回収を検証し、方法を選び直す
硫黄濃度が低い0.1質量%未満か、定量下限とブランク管状炉法を候補にする
硫酸塩など硫黄を含む無機充填剤があるその硫黄も「全硫黄」に含むべきか、分析目的と分母加硫由来の硫黄と分けて解釈する
試料を先に溶剤抽出した抽出液へ硫黄系成分が移ったか残渣だけを測った値を元製品の全硫黄と呼ばない

回収試験は加える位置が大切です。 IC測定直前の吸収液に硫酸標準液を加えて回収できても、燃焼時の不溶化や捕集損失は見つかりません。既知量の硫黄を試料または燃焼前段階に加える試験と、吸収液に加える試験を使い分けると、損失の位置を絞れます。ただし、単純な硫黄添加では既存の硫酸塩や実試料中の硫黄形態すべての回収を代弁できません。

遊離硫黄:ISO 20163が測る範囲

ISO 20163:2019は、加硫ゴムを溶剤抽出し、抽出液中の無機遊離硫黄をTPPと反応させ、生成したトリフェニルホスフィンスルフィド(TPPS)をガスクロマトグラフィーまたは高速液体クロマトグラフィーで定量する方法です。CERI(化学物質評価研究機構)の分析案内も、この方法と、硫黄分子S8だけを直接測る方法、別の遊離硫黄測定法を区別しています。S8だけの値と、ISO 20163の遊離硫黄値を同義にはしません。

加硫ゴムから溶剤抽出、TPP反応、TPPSのクロマトグラフィー定量へ進む遊離硫黄の測定手順
抽出液に含まれる成分のうち、規格が狙う無機遊離硫黄を測る。

抽出液には、遊離硫黄以外にも加硫促進剤の残留物、硫黄供与剤や反応生成物、軟化剤・可塑剤などが入り得ます。第3回の溶剤抽出で述べたように、架橋が不足した試料では未架橋ポリマーも抽出されます。抽出物の質量を遊離硫黄量とみなすことはできません。 また、抽出・反応・クロマトグラフィーのいずれかで妨害があれば、結果は低くも高くもなり得ます。規格の適用範囲と抽出条件を守り、既知量添加やブランクで確かめます。

「遊離する硫黄化合物」は一つの数値ではない

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現象・成分例ISO 20163の遊離硫黄値との関係
未反応の無機遊離硫黄Sx主な測定対象
抽出される有機硫黄化合物残留促進剤、硫黄供与剤の一部とその生成物抽出できても、すべてを遊離硫黄に算入しない
加熱時に揮発する硫黄・硫黄化合物S8、硫化水素、二酸化硫黄など発生・捕集条件に依存し、JIS K 6242-1/-2など別の測定が必要
ポリマーの硫黄架橋や硫黄含有骨格架橋結合、含硫ゴム遊離硫黄ではないが、全硫黄には寄与し得る

遊離硫黄は、ブルームや配合・加硫条件の比較に役立ちます。ただし、その値だけで表面析出の原因や加硫度を断定しません。比較するなら同じ試料採取位置、保存条件、抽出条件、測定法にそろえます。

車載電子部品では「加熱時に何が揮発するか」も調べる

ゴム部品の近くにスイッチ、コネクタ、回路端子などがある場合、加熱でゴムから揮発する硫黄や硫黄化合物が金属接点の腐食や接触不良に関わることがあります。経済産業省のJIS制定資料は、防振ゴムやホースなどの加硫ゴムを例に、車載電子機器への影響を定量的に評価する必要性を説明しています。電動車を含め、自動車の電子制御が高度化するほど、材料の含有量だけでなく使用環境を想定した揮発量も重要になります。ただし、全硫黄や遊離硫黄の値だけから電子部品の腐食リスクを直接予測することはできません。

2026年3月に制定されたJIS K 6242-1:2026とJIS K 6242-2:2026は、加硫ゴムを一定条件で加熱したときに揮発する成分を測る規格です。両者は測定対象が違います。

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規格測るもの分析の考え方読み方の注意
JIS K 6242-1揮発した分子状硫黄 S8加熱後に捕集し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で定量試料に含まれるS8の全量でも、揮発可能な硫黄の総量でもない。捕集法でも値が変わり得る
JIS K 6242-2揮発した硫化水素(H2S)、硫化カルボニル(COS)、二硫化炭素(CS2)、二酸化硫黄(SO2)加熱後に捕集し、ガスクロマトグラフィー(GC)またはイオンクロマトグラフィー(IC)で定量対象の4成分と指定条件での量であり、揮発し得る全硫黄化合物の総量ではない
ゴム中の硫黄の含有量と、加熱時に揮発したS8・硫黄化合物、電子接点への影響を別々に評価する模式図
含有量、加熱時の揮発量、電子接点の腐食は同じ数値では表せない。

両規格の方法はゴムの熱分解温度を超えて用いるものではありません。比較するときは試料量・加熱温度・時間・雰囲気・捕集法をそろえ、実使用の温度条件との違いも明記します。「JISで検出されなかった」を「どんな温度でも腐食しない」と読み替えず、必要に応じて接点材料を使った腐食・機能評価と組み合わせます。

全硫黄 − 遊離硫黄 = 架橋硫黄、ではない

仮にある試料で全硫黄1.20質量%、遊離硫黄0.08質量%だったとしても、差の1.12質量%を「硫黄架橋量」と報告してはいけません。差には促進剤由来の硫黄、硫黄供与剤の反応生成物、無機硫酸塩・硫化物、硫黄を含むポリマーなどが入り得ます。さらに、二つの方法で回収率と試料の質量基準が異なれば、単純な差そのものにも誤差が含まれます。数字は説明用の仮想例です。

全硫黄1.20質量パーセントと遊離硫黄0.08質量パーセントの仮想例。差を架橋硫黄と断定できない理由を示す
差は未分類の硫黄の合計であり、架橋硫黄だけを表さない。

報告前のチェックリスト

  1. 目的を一文にする。 製品の硫黄総量、未反応硫黄、加熱時の揮発成分のどれを知りたいか決める。
  2. 試料の配合を確認する。 バリウムなどの金属、硫黄を含む充填剤、促進剤・硫黄供与剤の有無を調べる。
  3. 採取と分母をそろえる。 元製品か抽出残渣か、乾燥前後かを記録し、比較結果を同じ質量基準にする。
  4. 工程全体の回収を調べる。 全硫黄では燃焼・捕集とIC、遊離硫黄では抽出・TPP反応・クロマトグラフィーをそれぞれ点検する。
  5. 結果の名称を限定する。 「JIS K 6233で測定した全硫黄」「ISO 20163で測定した遊離硫黄」のように、方法と対象を併記する。

第6回:無機充填剤の分析

第6回では、加硫ゴムに配合される無機充填剤の分析を扱います。 炭酸カルシウム、シリカ、クレー、酸化亜鉛などを例に、元素情報とX線回折、赤外・ラマン分光を組み合わせて化合物を見分ける方法を整理します。今回触れた硫酸塩のように、充填剤の種類が硫黄の測定結果へ及ぼす影響も、分析法を選ぶ際の重要な手掛かりになります。

参考規格・資料