加硫ゴムは、原料ポリマーに架橋剤、補強材、軟化剤・可塑剤、老化防止剤などを加えて作ります。黒いゴム片を見ただけで「天然ゴム(NR)」や「アクリロニトリルブタジエンゴム(NBR)」と決めることはできません。第1回でゴム製品の配合の全体像を確認しました。第2回ではポリマーの種類を絞ることに集中し、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)、熱分解ガスクロマトグラフィー(熱分解GC)、固体核磁気共鳴法(固体NMR)、蛍光X線分析法(XRF)をどう組み合わせるかを説明します。

ゴム名の略号は原則としてJIS(日本産業規格) K 6397「原料ゴム及びラテックスの略号」に沿って併記します。塩素化・臭素化ブチルゴムも、初出で規格上の略号を示します。

溶剤抽出の溶媒、操作条件、抽出物の分析は第3回で詳しく扱います。

最初に押さえること:四つの方法が見ているものは違う

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方法主に見ているものポリマー同定への役割単独では言えないこと
FT-IR化学結合による赤外吸収ニトリル基、カルボニル基、芳香環などの手掛かり表面のスペクトルだけでゴム全体の組成を断定できない
熱分解GC加熱分解で生じた揮発性成分のパターン少量のブレンド成分の探索、適切な検量によるブレンド比の推定ピーク一つで配合比や原料銘柄を決められない
固体NMR固体中の核の化学環境と運動性モノマー単位の構造解析と、条件を整えたモノマー組成比の評価信号の重なりや充填剤の影響を無視できない
XRF試料に含まれる元素塩素・臭素からクロロプレンゴム(CR)やハロブチルゴムの候補を絞り、亜鉛・硫黄など配合の手掛かりを得る炭素骨格を見ないため、元素だけでポリマー種を確定できない
加硫ゴムのポリマー同定で4つの分析法が見る情報

規格は何を対象にしているか

以下は日本産業規格(JIS)、国際標準化機構(ISO)の規格、米国の標準化団体による試験方法の適用範囲を確認するための案内です。「関連規格がある」ことと「その規格が加硫ゴム中の全成分の定量を保証する」ことは異なります。使用時には最新版と適用範囲を確認してください。

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分析法JIS・ISOとの関係ASTM(ASTM International)との関係・注意点
FT-IRJIS K 6230とISO 4650はゴムの赤外同定を扱い、熱分解物から作った膜を測る方法も含むASTM D3677はゴム熱分解物の赤外スペクトルによる同定に関連
熱分解GCJIS K 6231シリーズとISO 7270-1は同定に関連。JIS K 6231-2とISO 7270-2はスチレン・ブタジエン・イソプレンの比率を扱うASTM D3452は単一ポリマーの同定が対象。ブレンド比の定量根拠にはそのまま使えない
熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法による環境試料中のタイヤ・路面摩耗粉(TRWP)ISO/TS 21396:2017は土壌・底質、ISO/TS 20593:2017は大気中のタイヤ・路面摩耗粉の質量濃度測定を扱う製品ゴムのポリマー同定とは試料・測定量・検量の目的が異なる
固体NMRJIS K 6239-1・ISO 21561-1は溶液NMRなどによる溶液重合SBRの微細構造評価に関連。加硫ゴムの固体NMRによる一般的なポリマー同定・定量法とは区別する固体NMRの構造解析・組成比評価は、目的に応じて測定条件と定量性を検証する
XRFJIS K 0119は蛍光X線分析の一般通則。ここで挙げたISOのゴム同定規格はXRFによるポリマー種の直接同定法ではない元素情報は補助証拠として使い、ポリマーの分子構造を特定したことにはしない

試料を採る前に:表面と内部を分けて考える

ゴム製品には表面処理、接着剤、離型剤、汚れ、他材との積層があります。まず断面と採取位置を記録し、表面層と内部を混同しないようにします。色、硬さ、充填材の多さも記録しますが、それだけでポリマー種を決めません。複数層やブレンドが疑われるなら、採取点ごとに結果を残します。

分析前には適切な溶剤抽出で可溶な配合剤を減らすことを検討します。軟化剤・可塑剤や老化防止剤の吸収・分解ピークがポリマーの信号に重なるためです。ただし、抽出は万能な「洗浄」ではありません。溶媒で膨潤する、低分子量ポリマーが抜ける、特定成分だけが選択的に失われる可能性があります。未抽出片も残し、必要なら抽出前後を比較します。具体的な溶媒の選び方、抽出時間、抽出物の評価は第3回で扱います。

溶剤抽出後に残渣と抽出液を分けて分析する流れ

FT-IR:官能基から候補を絞る

スチレン・ブタジエン系の取り違えに注意します。 スチレン・ブタジエンゴム(SBR)と、熱可塑性エラストマーであるスチレン・ブタジエン・スチレンブロック共重合体(SBS)は、どちらもスチレンとブタジエンに由来する赤外吸収を示します。FT-IRで両成分の特徴帯を確認しただけでは、ランダム共重合体のスチレン・ブタジエンゴムか、ブロック構造をもつスチレン・ブタジエン・スチレンブロック共重合体かを決められません。そこで、標準試料と同条件で測った熱分解GCの生成物パターンを比較することが重要です。ただし、熱分解GCでも常に両者を判別できるわけではなく、配合比・微細構造・熱分解条件によっては判定を保留します。

カーボンブラックを多く含むゴムでは、固体を直接測ると赤外光の吸収・散乱のためポリマーの特徴帯が見えにくくなります。この場合、試料を熱分解し、揮発してきた熱分解物を捕集してFT-IRで測る前処理が有効です。カーボンブラックを含む固体から測定対象を分けられるため、その干渉を避けやすくなります。ただし、得られるのは元のポリマーの直接スペクトルではなく熱分解物のスペクトルです。熱分解温度や捕集条件をそろえた標準ゴムと比較します。JIS K 6230とISO 4650も熱分解物の利用を含む赤外同定法に関連します。

FT-IRは赤外吸収の位置と形から結合を調べます。たとえばニトリル基はアクリロニトリルブタジエンゴム候補、芳香環はスチレン・ブタジエンゴム候補、塩素を含む構造はクロロプレンゴム候補を考える入口になります。ただし、添加剤にも同じ官能基があり、カーボンブラックなどの充填材は測定を難しくします。表面をそのまま測る全反射測定法(ATR)では、表面層を強く反映します。内部を切り出した試料、抽出前後、必要に応じた熱分解物の赤外スペクトルを比較します。

同定は「一つのピークがある」よりも、複数の特徴帯が標準試料と整合し、矛盾する帯がないかで判断します。ASTM D3677も加硫・未加硫ゴムの赤外分析を対象にしています。

熱分解GC:ポリマーを分解して生じるパターンを見る

スチレン・ブタジエンゴムとスチレン・ブタジエン・スチレンブロック共重合体を見分けたい場合、スチレンやブタジエンのピークが「ある」だけでは不十分です。両者が共通のモノマーを含むためです。複数の生成物の相対比や、連鎖配列に由来する生成物の組合せを、組成が近い両者の標準試料と比較します。ASTM D3452-06(2026)も、スチレン・ブタジエン系のランダム共重合体とブロック共重合体は場合によって区別できるとしています。判別できない条件では「スチレン・ブタジエン系」と報告し、固体NMRなどの構造情報も照合します。

熱分解GCは少量のポリマーブレンド成分の検出に有効です。主成分の信号に埋もれる成分でも、固有性の高い分解生成物が分離されれば存在を示せます。対象の組合せが分かり、組成既知の標準ブレンドでピーク比を検量できれば、ブレンド比の決定にも使用できます。検出できる少量成分の割合はポリマーの組合せ、マトリクス、試料量、ピークの重なりで変わり、共通の下限値はありません。

ISO 7270-1は単一ポリマーとブレンドの定性同定が対象です。ISO 7270-2およびJIS K 6231-2はスチレン・ブタジエン・イソプレンの比率測定に関係します。任意のブレンドの比率を報告する際は、その組合せについて検量、精度、少量成分の検出可能範囲を確認します。

応用例:タイヤ・路面摩耗粉を環境試料から測る

熱分解GCと質量分析を組み合わせた熱分解GC/MS(ガスクロマトグラフィー質量分析法)は、タイヤ・路面摩耗粉(TRWP)の分析にも活用されています。土壌・底質を対象とするISO/TS 21396:2017と、大気中の粒子状物質を対象とするISO/TS 20593:2017は、熱分解で生じるポリマー由来の指標成分を定量し、TRWPの質量濃度に換算する方法を規定しています。製品ゴムの種類やブレンド比の測定とは目的が異なり、環境試料に共存する他の有機物による干渉と換算係数の妥当性を確認する必要があります。なお、ISO/TS 21396:2017を置き換えるISO 21396は現在発行準備中のため、発行後は最新版を確認してください。

架橋したゴムは一般にそのまま溶かして通常のGCへ導入できません。熱分解GCでは小片を制御した条件で熱分解し、生成した揮発性成分を分離します。天然ゴム/イソプレンゴム(IR)、スチレン・ブタジエンゴム、ブタジエンゴム(BR)、アクリロニトリルブタジエンゴム、クロロプレンゴムなどでは、主鎖や共重合単位に由来する生成物の組合せが手掛かりになります。

分解温度、時間、試料量、装置条件でパターンは変わります。軟化剤・可塑剤や他の添加剤も分解生成物を出すため、抽出前後と標準ゴムを同条件で比べます。混合ゴムではピークが重なり、単一ポリマー用の同定表をそのまま当てはめられません。ASTM D3452は単一ポリマーの原料ゴム・配合物を対象とし、天然ポリイソプレンと合成ポリイソプレンなどは区別できないと明記しています。

熱分解GCで少量ブレンド成分を見つける模式クロマトグラム

固体NMR:モノマー構造と組成比を調べる

固体NMRは、加硫して溶けないゴムでもモノマー単位の構造を調べるのに非常に有用です。核の化学環境から、主鎖や側鎖、共重合単位の構造を帰属できます。また、区別できる信号の強度を定量的に扱えば、共重合体内のモノマー組成比の決定にも使えます。加硫アクリロニトリルブタジエンゴムの研究例でも構造帰属とモノマー組成の評価が報告されています。

どのゴムで何が分かるか

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対象固体NMRで確認すること読み取る際の注意
エチレン・プロピレン・ジエンゴム(EPDM)第3モノマーのジエン成分を同定する。例えばエチリデンノルボルネン(ENB)、ジシクロペンタジエン(DCPD)などの候補を、それぞれに由来する信号で比較する第3モノマーの含有量は少なく、加硫で二重結合が反応する。未加硫原料と加硫品では信号が同一とは限らない。固体NMR研究例も参照
エピクロルヒドリン系ゴム(ヒドリンゴム)エピクロルヒドリン単独重合体(CO)、エチレンオキシドとの共重合体(ECO)、アリルグリシジルエーテルも含む三元共重合体(GECO)などを、構成単位の違いから見分ける低含有の構成単位は信号が重なりやすい。メーカーの組成例も参照
フッ素ゴム(FKM)水素・炭素に加えフッ素19の固体NMRが有効。フッ化ビニリデン(VDF)、ヘキサフルオロプロピレン(HFP)、テトラフルオロエチレン(TFE)などのモノマーを同定し、種類や共重合比を調べるフッ素ゴムは複数の共重合型があるため、単にフッ素が検出されたことと種類の同定は異なる。分析事例も参照
水素添加スチレン・ブタジエンゴム(HSBR、慣用表記)と水素添加アクリロニトリルブタジエンゴム(HNBR)残存する炭素―炭素二重結合と水素添加後の構造を比較し、ブタジエン単位の水素添加率を求める元の不飽和単位の量、スチレン・アクリロニトリル由来の信号、加硫による二重結合の消費を区別する。固体NMRによるアクリロニトリルブタジエンゴムの評価例を参照

水素添加率は「試料全体に水素が何%含まれるか」ではなく、もともとの不飽和結合がどれだけ水素添加されたかを表す値です。固体NMRで定量するときは、残存二重結合の信号だけで即断せず、元の組成または適切な参照信号と比較します。特に加硫品では、架橋反応でも二重結合が減るため、水素添加による減少と区別できる測定・比較条件が必要です。なお、水素添加スチレン・ブタジエンゴムのNMR研究例は溶液NMRによる評価であり、その条件を固体NMRにそのまま当てはめるものではありません。

モノマー組成比と、異なるポリマー同士のブレンド質量比は別の値です。定量時は励起法、緩和時間、測定待ち時間、信号の重なり、充填剤による線幅変化を検討し、必要に応じて組成既知の標準と照合します。JIS K 6239-1とISO 21561-1は溶液重合スチレン・ブタジエンゴムの溶液NMRなどに関する規格で、加硫ゴムの固体NMRを規定するものではありません。

固体NMRでは、固体試料中の水素や炭素などの核の環境を調べます。主鎖の二重結合、脂肪族炭素、芳香族炭素などの違いは、FT-IRや熱分解GCで挙げた候補の確認に役立ちます。測定条件によっては分子運動や架橋の影響も見えます。ただし、運動性から得る情報とポリマー種の同定は別の問いです。緩和時間だけで配合ポリマーを断定しません。

充填剤が多い試料では感度・線幅・測定時間に制約があり、複数ポリマーの信号が重なることもあります。比較する標準試料、観測核、測定法、抽出の有無を揃えます。Brukerの固体NMR概説は高分子を含む材料解析への適用を紹介しています。

XRF:塩素・臭素からハロゲン含有ゴムの候補を絞る

JIS K 0119は蛍光X線分析の一般通則です。一方、前掲のISOのゴム同定規格は、XRFによるポリマー種の直接同定法ではありません。規格の適用範囲と、元素情報を補助証拠として使う位置づけを区別します。

XRFでは塩素、臭素、硫黄、亜鉛、カルシウム、チタンなどの元素を確認できます。塩素が検出されたら、クロロプレンゴムに加え、塩素化ブチルゴム(CIIR、Cl-IIRとも表記)も候補です。臭素が検出されたら臭素化ブチルゴム(BIIR、Br-IIRとも表記)を候補に挙げられます。塩素化・臭素化ブチルゴムはブチルゴム(IIR)をハロゲン化した種類です。こうした塩素と臭素の識別は、ハロブチルゴムの種類を見分ける重要な手掛かりになります。ただし、ハロゲン系添加剤、他のゴム、接着層、表面処理に由来する可能性もあるため、XRF単独で確定せず、FT-IR・熱分解GCなどでブチルゴムの骨格を確認します。硫黄や亜鉛は加硫系・配合剤の手掛かりであり、ゴムポリマー固有の証拠ではありません。

XRFは炭素、水素、窒素主体の主鎖を直接読み分ける方法ではありません。「塩素がある=クロロプレンゴム確定」「臭素がある=臭素化ブチルゴム確定」ではないと明記して、FT-IR・熱分解GC・固体NMRの結果と照合します。

判定例:矛盾を探しながら組み合わせる

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状況最初の読み方次に確かめること
FT-IRでニトリル基の手掛かり、熱分解GCでもアクリロニトリル由来の生成物アクリロニトリルブタジエンゴムを有力候補にする標準試料との一致、抽出前後、ブレンドの可能性
FT-IRに芳香環、熱分解GCにスチレン系・ブタジエン系の生成物スチレン・ブタジエンゴムを候補にする芳香族添加剤の寄与と、別のポリマーとの混合
FT-IRでスチレン・ブタジエン系の吸収を確認スチレン・ブタジエンゴムと熱可塑性エラストマーのスチレン・ブタジエン・スチレンブロック共重合体を両方候補に残す熱分解GCで組成が近い両者の標準試料と生成物パターンを比較し、判別できなければ結論を保留する
XRFで塩素、FT-IRと熱分解GCでも塩素含有ゴムと整合クロロプレンゴムまたは塩素化ブチルゴムを候補にする主鎖がクロロプレン系かブチル系か。塩素系添加剤や表面層だけの信号ではないか
XRFで塩素、熱分解GCでブチルゴム骨格と整合塩素化ブチルゴムを有力候補にするクロロプレンゴムや塩素系配合剤・接着層の寄与を除外できるか
XRFで臭素、熱分解GCでブチルゴム骨格と整合臭素化ブチルゴムを有力候補にする臭素系配合剤・別層の寄与を除外できるか
FT-IRが不鮮明で熱分解GCは複数候補結論を保留する採取位置、抽出条件、固体NMR、標準ゴムの追加

報告時は「同定した」とだけ書かず、試料位置、抽出の有無、比較標準、各方法で一致した根拠、残る候補を示します。ブレンド比は適切な熱分解GCの検量、モノマー組成比は定量性を確認した固体NMRで評価できますが、定性的な同定結果から自動的には求まりません。加硫剤量も別途評価が必要です。

第3回へ:抽出液と残渣の両方を使う

第3回では、溶剤抽出の目的と条件、抽出による変化、抽出液中の軟化剤・可塑剤やその他の添加剤などの分析を扱います。第2回の同定結果と結び、何を取り除き、何が残った試料を測っているのかを明確にします。