水は、化学分析で最も多く使う試薬の一つです。標準液の希釈、試料の定容、LC(液体クロマトグラフィー)の移動相、器具のすすぎ。どの操作でも、水に含まれるわずかな不純物が、ブランクや回収率、ピーク形状に影響します。「超純水だから大丈夫」ではなく、測定対象に対して何がどれだけ残っているかで選びます。

水道水からRO・イオン交換・超純水までの考え方
呼び名より、用途に必要な不純物の実測値で水を選びます。

水の呼び名は、同じ基準で付けられていない

RO(逆浸透)水とイオン交換水は主に製造方法、精製水は一般的な呼称または薬局方などの品質区分、超純水は高度に精製した水を表す呼称です。名前だけを純度順に並べても、用途への適合性は決まりません。

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呼び名何を意味するか主な特徴名前だけでは保証されないこと
水道水飲用等を目的とした水質基準に適合する水原水や地域で溶存塩・有機物などが異なる微量分析の低ブランク、低TOC(全有機炭素)、無菌
RO水逆浸透膜で処理した水多くの溶存塩や有機物などを低減。性能は膜・運転・原水に依存すべてのイオンや低分子物質の完全除去
イオン交換水・脱イオン水樹脂等で陽・陰イオンを除去した水導電率を低くできる非イオン性有機物、微生物、粒子の十分な除去
蒸留水蒸発と凝縮により精製した水非揮発性不純物を低減揮発性成分や装置・保管容器からの汚染がないこと
精製水精製した水の総称、または表示された規格の品質区分製品ごとに適用規格と試験項目を確認するLC-MS(液体クロマトグラフィー質量分析法)用・微量金属分析用・無菌用としての一律の適合
超純水複数の処理を組み合わせて高度に精製した水イオン、有機物、粒子等を用途に応じて低減すべての分析対象がゼロ、採水後も同じ品質、無菌

水道水の基準は飲用等の安全性を確保するためのもので、分析用試薬水の基準とは目的が異なります。環境省:水道水質基準

水に関する規格はどう使い分ける?

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規格・制度対象と使い方確認するポイント
ISO(国際標準化機構) 3696分析実験室で用いる水。Grade 1~3を規定要求する等級だけでなく、試験項目と適用範囲を確認
ASTM(ASTM International) D1193試薬水の仕様。Type I~IVなどの区分を扱う適用版と各項目の要求を確認。番号だけで他規格へ読み替えない
JIS(日本産業規格) K 0557用水・排水の試験に用いる水対象分析法が要求する種別・品質を確認
日本薬局方精製水等の各条と、試験用水・製薬用水に関する記載「精製水」と表示された製品の適合範囲、試験目的、容器入りかを確認
個別分析法・製品規格LC-MS用、微量金属分析用などの用途別要求対象成分、検出下限、ブランク、ロットの試験成績書を確認

ISOのGrade 1、ASTMのType I、市販装置の「超純水」は、名称が似ていても同じ仕様と決めつけないでください。導電率だけ合格していても、用途に必要な有機物・微生物・特定元素の条件を満たすとは限りません。数値を管理基準に転記するときは、規格番号、版、温度条件、測定方法まで確認します。

規格の概要はISO 3696:1987、ASTM D1193、日本規格協会:JIS K 0557を参照してください。薬局方に関する資料はPMDA:製薬用水の品質管理も参考になります。これらの概要は規格本文の全要件を代替するものではありません。

18.2 MΩ・cmなら、すべての不純物が少ない?

超純水の代表的な指標に、25 °Cで約18.2 MΩ・cmという比抵抗があります。比抵抗は電気の流れにくさで、導電率の逆数です。この値は導電率約0.055 µS/cmに相当します。いずれも主にイオン性の不純物を監視する指標であり、有機物や微生物を直接測定しているわけではありません。

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指標何を見るか見落としやすい点
導電率・比抵抗イオンの影響非イオン性有機物、特定の微量成分を個別には判別できない
TOC(全有機炭素)有機物由来の炭素の総量化合物名や特定成分の濃度は分からない
粒子粒径・個数など溶解している物質の評価にはならない
生菌数培養条件で検出される生きた微生物培地・培養条件に依存し、エンドトキシンとは別指標
対象成分のブランク実際の分析対象の汚染容器、試薬、前処理の寄与も分けて調べる必要がある

導電率は温度に依存します。装置画面の値が温度補償値か、採水温度での値かを確認します。また、採水した水は空気中の二酸化炭素や容器の影響を受けるため、装置内の値とビーカー中の値は同じとは限りません。Merck:水質モニタリング

イオン・有機物・粒子・微生物が分析に与える影響
ICP・IC、LC、流路、生化学試験で問題になる成分が異なります。

分析法によって、困る不純物が違う

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用途問題になりやすいもの結果への影響実務での確認
ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析法)・ICP-OES(誘導結合プラズマ発光分光分析法)対象元素、溶存塩、容器由来成分ブランク上昇、汚染、干渉や導入系への負荷水単独、酸添加水、全操作ブランクを比較
HPLC(高速液体クロマトグラフィー)・LC-MS有機物、粒子、溶存塩ゴーストピーク、背景増加、圧力上昇、イオン化への影響水・移動相のブランクと勾配条件での確認
イオンクロマトグラフィー対象陰・陽イオン、二酸化炭素等背景や対象イオンのブランク上昇水と容器を含めたブランク、対象イオンを確認
UV-Vis・蛍光分析測定波長で吸収・蛍光を示す成分ベースラインや低濃度試料への影響使用波長とセルを含むブランク
微生物・生化学試験微生物、エンドトキシン、酵素等汚染、反応阻害、誤判定試験ごとの要求を確認。超純水と無菌水を同一視しない

「LC用の水」を「ICP-MS用の水」にそのまま流用する前に、試験成績書の対象項目を見ます。TOCが低くても特定金属の低ブランクは保証されず、微量金属に適していてもLC-MSの背景が十分に低いとは限りません。

計算例:水の汚染は元試料の値にどのくらい効く?

説明用の例として、試料0.100 gを50.0 mLに定容し、定容液のブランクに対象元素が1.0 µg/Lあるとします。元試料換算では、1.0 µg/L × 0.0500 L ÷ 0.000100 kg = 0.50 mg/kgです。水だけでなく酸や容器から入った分も、この換算で結果へ乗ります。

この影響が無視できるかは報告下限や要求精度次第です。ブランク補正しても、ブランクの変動や試料との条件差は残るため、低濃度分析では汚染を減らし、再現性を管理することが先です。定容と希釈を含む換算はICP(誘導結合プラズマ)試料濃度換算ツールでも確認できます。

器具洗浄では「最後のすすぎ」が試料に近い

汚れの除去には、対象に適した洗剤・酸・溶媒などの洗浄工程が必要です。超純水ですすぐだけでは、付着した油や強く吸着した金属が十分に落ちるとは限りません。水道水を粗洗浄に使える場合でも、最終すすぎの水質は分析用途に合わせます。

  1. 汚れの性質と器具材質に合う洗浄方法を選ぶ。
  2. 洗剤や洗浄剤を十分に除く。必要に応じてRO水やイオン交換水で中間すすぎを行う。
  3. 最終すすぎは、次の分析に適合する水で行う。
  4. 乾燥・保管中の粉じん、手袋、ふた、保管容器からの再汚染を防ぐ。
  5. 清浄度は、すすぎ水や器具を含むブランクなどで確認する。

「超純水で3回すすげば必ず合格」といった共通回数はありません。器具形状、液切れ、前の試料濃度、吸着、洗剤残留で必要な操作は変わります。再現できる手順と、分析目的に見合う清浄度の判定を組み合わせます。

採水後の保管で品質を落とさない

必要量を使用直前に採り、用途に適した清浄な容器で扱うのが基本です。ガラスはすべての微量元素分析に万能ではなく、樹脂容器も有機物や添加剤の溶出を起こす場合があります。材質は分析対象との相性とブランクで選びます。

採水口や最終フィルター、貯水槽、循環配管も汚染源になり得ます。装置の消耗品交換や衛生管理はメーカー指定を踏まえ、比抵抗だけでなく必要なTOC、微生物、対象成分の履歴で判断します。採水後の保管期限は一律に決めず、容器・温度・開閉・用途を含めて確認します。

よくある疑問

RO水とイオン交換水はどちらがきれい?

除去の仕組みが異なり、単純な上下関係ではありません。ROで不純物を減らしてからイオン交換等で仕上げる組み合わせもあります。必要な項目の実測値と用途への適合性で選びます。

市販の精製水は分析に使える?

使える場合もありますが、表示された規格、試験成績書、容器、開封後の扱いを確認し、分析法のブランクで評価します。医薬品としての精製水という表示だけで、超微量分析やLC-MSへの適合が決まるわけではありません。

超純水なら無菌?

超純水という呼称だけでは無菌性は保証されません。低イオン、低TOC、低生菌数、低エンドトキシンは別々の要求です。試験目的に必要な条件を明示します。

最初に何を決めればよい?

対象成分、測定濃度、許容できるブランクを決め、分析法が指定する水を確認します。そのうえで必要な品質指標、採水容器、保管、洗浄の最終すすぎまで一つの手順として管理します。