加硫ゴムには、ポリマーや有機配合剤だけでなく、シリカや炭酸カルシウムなどの無機充填剤も加えられます。第4回の熱重量測定で最後に残った灰分を、そのまま「元の充填剤」と呼べるでしょうか。答えはいいえです。加熱中に水や二酸化炭素が抜け、化合物自体が変わることがあります。今回は元素を調べる → X線回折で結晶性化合物を調べる → フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)とラマン分光法でアモルファス成分を確かめるという順序で、元の配合剤を絞り込む方法を説明します。第5回の硫黄分析で触れた硫酸塩の確認にもつながります。

ゴム製品から元素分析、X線回折、赤外・ラマン分光分析へ進む無機充填剤同定の流れ
元素は候補を絞る情報。結晶性とアモルファスの確認には別の測定が必要。

よく使われる無機充填剤を先に知る

充填剤は補強、加工性、硬さ、コスト調整、難燃性、着色など、目的が異なります。下表の「元素の手掛かり」は元素定性分析で想定する候補であり、その元素が見えたら化合物が確定するという意味ではありません。同じ配合剤でも粒子径、結晶形、表面処理の有無が製品ごとに違います。

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物質の例主な役割元の試料で得たい元素情報化合物の確認で見る点
沈降シリカ・フュームドシリカ(主成分 SiO2)補強Si多くはアモルファス。X線回折で鋭いピークがなくても、赤外分光法などでSi–O結合を確認
炭酸カルシウム(CaCO3)充填・硬さ調整CaX線回折で方解石・アラゴナイトなどの結晶形を調べる。赤外・ラマンで炭酸イオンを確認
クレー(カオリナイトを含む製品など)充填・補強Al、SiX線回折で粘土鉱物の結晶相を調べる。天然由来品は複数鉱物の混合もある
タルク(Mg3Si4O10(OH)2)充填・加工性調整Mg、SiX線回折でタルク相を確認。MgとSiだけでは他のケイ酸塩と区別できない
酸化亜鉛(ZnO)主に加硫活性化剤。無機配合剤として分析対象ZnX線回折でZnO相を確認。Zn元素だけで元の化学形態は決まらない
酸化チタン(TiO2)白色顔料TiX線回折でルチル・アナターゼなどを区別する
水酸化アルミニウム(Al(OH)3)難燃性・充填Al加熱で脱水するため、灰化後のAl酸化物を元の水酸化物と同一視しない
水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)難燃性・充填Mg加熱でMgOへ変わり得る。未加熱試料との比較が重要

酸化マグネシウム(MgO)は加硫助剤、硫酸バリウム(BaSO4)は高密度の充填剤、二酸化ケイ素の結晶形である石英は鉱物系材料の混入や原料由来成分としても候補になります。すべてのゴムに一般的に配合されるわけではありませんが、Mg・Ba・S・Siが見えたときには、それぞれを候補から外さないようにします。また、カーボンブラックは重要な補強材ですが、ここで扱う鉱物系・金属系の無機充填剤とは分けて考えます。 第4回で説明したように、炭素質の評価は別の課題です。

第1段階:元素定性分析で候補を絞る

製品を切り出し、表面の付着物と内部を分けて観察します。まず蛍光X線分析(XRF)で元素の有無を調べると、無機成分の見当がつきます。必要に応じて走査電子顕微鏡とエネルギー分散型X線分析(SEM-EDS)で粒子の位置と元素分布を調べます。元素量が必要な場合は、目的元素を適切に溶液化して誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-OES)などを使います。難分解性のシリカやケイ酸塩では、単純な酸処理だけで全量が溶けるとは限りません。CERI(化学物質評価研究機構)の分析案内も、元素分析とX線回折・赤外・ラマン分光を役割別に組み合わせています。

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見えた元素考えられる候補の例元素だけで残る疑問
Ca炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、酸化カルシウム炭酸塩か硫酸塩か、加熱で化学形態が変わったか
Siアモルファスシリカ、石英、タルク、クレーSiO2かケイ酸塩か。シリコーンゴム由来のSiか
Al+Siカオリナイトなどのクレー、別々に配合されたAl・Si成分同じ粒子に共存するか、どの結晶相か
Mg+SiタルクなどのMgケイ酸塩、Mg系成分とシリカの混合一つの化合物か複数配合か
Zn酸化亜鉛、亜鉛脂肪酸塩、硫化亜鉛などZnの元の化学形態は何か
Ba+S硫酸バリウムなど二元素が同じ粒子の同一化合物に由来するか

元素の組合せは化学式ではありません。 たとえばCaとSが同時に見えても、CaCO3と硫黄系加硫剤を別々に配合している可能性があります。粒子ごとの元素マッピングと次の結晶相分析で確かめます。XRFは測定条件や装置によって軽元素の感度が異なり、通常の結果だけでHやOの量を確かめることも難しいため、水酸化物か酸化物かの判定を元素定性だけに任せません。

第2段階:X線回折で結晶性化合物を特定する

X線回折(XRD)では、結晶中の規則正しい原子配列から生じる回折ピークの位置と強さの組合せを参照パターンと比較します。元素情報で候補を絞っておけば、たとえば「Caがあるので方解石か、石こうか」「Tiがあるのでルチルか、アナターゼか」という問いを立てられます。同じ化学式でも結晶形が違えばパターンも変わります。NIST(米国国立標準技術研究所)の結晶構造データベース案内も、結晶性化合物を特徴的な回折パターンで識別する考え方を示しています。

鋭いピークが並ぶ結晶性充填剤と、広いハローを示すアモルファス成分の模式的なX線回折パターン
模式図。ピーク位置・高さは実試料や特定物質のデータではない。

ゴム中に充填剤が少ない場合、ポリマーの広い散乱やカーボンブラック、複数の配合剤の信号と重なります。ピークが見えないことは、その成分が存在しない証明にはなりません。 微小結晶や測定範囲、濃度にも左右されます。まず未加熱の試料で確認し、必要なら充填剤を濃縮して測ります。結晶相の候補は特徴的なピークを複数照合し、元素情報や既知試料とも整合させます。

第3段階:アモルファス成分はFT-IR・ラマンで調べる

沈降シリカなどのアモルファス成分は、XRDで鋭い結晶ピークを作りません。広い散乱だけでは、「アモルファスシリカ」とポリマー由来の散乱を取り違えるおそれがあります。NISTのX線回折の解説では、結晶性SiO2とアモルファスSiO2の回折像の違いが図示されています。

そこで、できるだけポリマー分の影響を減らした試料に対し、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)とラマン分光法を組み合わせます。FT-IRではSi–O、炭酸イオン、ケイ酸塩の結合に由来する吸収を、ラマンでは相補的な振動情報を確認します。単一のバンドだけで決めず、複数の特徴、元素組成、参照試料を照合します。CERIも高分子材料中の無機充填剤に対してXRD、FT-IR、ラマン分光の併用を案内しています。

元素分析で候補を絞り、結晶性ならXRD、アモルファスならポリマーの影響を抑えてFT-IR・ラマンへ進む判断図
XRDで鋭いピークがない場合も、含有量や測定条件を確認してからアモルファスと判断する。

ポリマー除去の前に、充填剤が変わらないか考える

加硫ゴムは架橋されているため、通常の溶剤抽出だけでポリマー全体を取り去ることは困難です。抽出で軟化剤・可塑剤などを減らし、必要なら制御した熱処理などでポリマーを除去・低減します。ただし、強く加熱して得た灰分は元の充填剤の写しではありません。 炭酸カルシウムは脱炭酸、水酸化アルミニウムと水酸化マグネシウムは脱水、クレーは脱水酸基の影響を受け得ます。シリコーンゴムではポリマー骨格自体がシリカ系の残分を作り得るため、残渣中のSiO2をすべて「添加されたシリカ」と数えられません。ISO(国際標準化機構) 247-1:2026も、灰分の数値を元の無機化学組成へ直結させず、加熱時の添加剤の挙動を考慮するよう求めています。

実務では、①未処理ゴム、②溶剤抽出後、③ポリマーを低減した残渣の測定結果を並べ、第4回のTG曲線で変化が起きる温度を確かめます。変質が疑われる候補は、元の充填剤単体を同条件で処理した対照と比べます。前処理で消えたり変わったりする成分については、未加熱試料の断面を顕微FT-IRや顕微ラマンで局所分析する方法も検討します。カーボンブラックを多く含む試料ではラマンの炭素由来信号や蛍光・吸収が妨害になり得るため、測定箇所と励起条件も確認します。

結果をどう報告するか:化合物名までの根拠を分ける

例:Ca、Si、Znが検出された加硫ゴム。 XRDで方解石とZnOの複数ピークが合えば、その二つは結晶相として報告できます。Siについて鋭いピークがなく、ポリマーを低減した残渣のFT-IRでSi–Oに整合する吸収が得られても、直ちに「沈降シリカが何質量%配合された」とは報告しません。Siがケイ酸塩やシリコーンゴム由来か、前処理で形態が変わったかを確認し、必要なら既知配合品との比較や定量法を追加します。これは判断手順を示す仮想例です。

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得られた情報報告できる表現の例避けたい断定
XRFでCaを検出「Caを検出」「炭酸カルシウムを配合」と即断する
CaとともにXRDで方解石の特徴的ピークを確認「方解石相を確認」「元の配合量」を回折強度だけで決める
Siと広いXRD散乱、FT-IRでSi–Oの特徴を確認「アモルファスのシリカ系成分が候補」ポリマー由来成分を除外せず銘柄まで特定する
灰化後にZnOを確認「残渣にZnO相を確認」灰化前からZnが全てZnOだったとみなす

「元素」「結晶相」「分子の結合」「元の配合量」は別の情報です。 複数の測定が一致した範囲だけを化合物名として報告し、前処理後の残渣しか測っていない場合はその旨を明記します。必要な量を求める段階では、採取した元試料を分母に戻し、回収率や相変化を考慮して別途定量法を設計します。

第7回:有機添加剤の分析

次回は、ゴムに配合される有機添加剤を扱います。 軟化剤・可塑剤、老化防止剤、加硫促進剤、粘着付与剤などを例に、溶剤抽出物と抽出後のゴムに何が残るかを踏まえ、成分を見分ける分析の進め方を整理します。抽出物には未反応の配合剤だけでなく、加硫・劣化で生じた成分やポリマー由来成分が含まれる可能性もあるため、検出された物質をそのまま元の配合剤と断定しないことが大切です。

参考資料