加硫ゴムを分析する前に溶剤で洗うのは、表面の汚れを落とすだけではありません。溶け出す配合剤を抽出液に分け、ポリマーと充填剤を含む残渣を調べやすくする前処理です。ただし、「抽出量=軟化剤・可塑剤量」でも「抽出後の残渣=添加剤を含まない純粋なゴム」でもありません。第1回で配合の全体像を、第2回でポリマーの同定を確認したうえで、今回は抽出液と残渣の両方を読み解きます。

加硫ゴムから抽出液と残渣に分け、測定目的ごとに評価する流れ
抽出液だけでなく、抽出後の残渣も分析対象として保存する。

まず規格の位置づけを分ける

日本産業規格(JIS)のJIS K 6229:2015は、原料ゴム、未加硫・加硫配合ゴムなどの溶剤抽出分の定量を扱います。加硫配合ゴムには、抽出液の不揮発性残分を量るA法と、試験片の抽出前後の質量差を量るB法が適用されます。C法・D法は原料ゴム向けです。附属書Aの溶剤一覧は参考であり、製品や目的ごとに最終選択を検討します。

米国の標準化団体によるASTM(ASTM International) D297-21(2026)は、ゴム製品の化学分析を扱う試験方法集で、抽出物の分析を含みます。JIS K 6229の附属書Aをそのまま「ASTMのゴム種別指定溶剤」と読み替えることはできません。ASTMに従った値を報告するときは、採用した版・抽出項目・溶剤・操作条件を明記し、その版の手順を確認してください。規格の一部だけを組み合わせた操作は、その規格どおりの試験とは呼ばず、変更した方法として妥当性を確認します。

なお、ASTM D5774-95(2023)も抽出物の分析を扱いますが、主な対象は未配合の固体スチレン・ブタジエンゴムです。原料ゴムを対象にする方法を、充填剤や架橋剤が入った加硫製品の標準法として無条件に当てはめません。

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比較する点JIS K 6229:2015ASTM D297・D5774
主な位置づけゴムの溶剤抽出分を定量する規格D297はゴム製品の化学組成分析を扱う方法集。D5774は主として未配合の固体スチレン・ブタジエンゴムの抽出物分析
加硫ゴムの抽出量A法は回収した抽出物、B法は試験片の質量減少から評価採用する抽出分析の項目と最新版の手順を確認して報告
ゴム種と溶剤附属書Aに参考となる組合せがあるJIS附属書Aの表をASTMの指定表として転記しない
比較可能性試料調製・溶剤・抽出条件・計算方法をそろえる同左。数値を比較する際は、方法の差を記録する

参考としてISO(国際標準化機構) 1407:2023も、抽出液の残分によるA法と試験片の質量差によるB法を区別し、溶剤や試料条件が変われば値も変わり得るとしています。JIS K 6229:2015はISO 1407:2011を基にした規格で、2023年版ISOと同一版ではありません。

ゴム種と溶剤をどう組み合わせるか

次の表は加硫配合ゴムに限り、JIS K 6229:2015附属書Aを実務用に抜粋・整理した候補表です。複数の候補は抽出目的によって選択します。「アセトンが候補」とは、そのゴムに含まれる全添加剤がアセトンで完全に取れるという意味ではありません。エタノール-トルエン共沸混合物を以下「ETA」と記します。略号は各ゴムの初出で名称と併記します。

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加硫ゴムの主なポリマーJIS K 6229附属書Aの候補ASTM D297を使う場合・選択時の着眼点
天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)アセトン、ETA抽出液に樹脂分・軟化剤などが混じる。ASTMの採用項目に合う溶剤を確認
スチレン・ブタジエンゴム(SBR)、ブタジエンゴム(BR)アセトン、ETA軟化剤を含む製品では回収率を確認。ETAで膨潤・低分子ポリマーの移行に注意
エチレン・プロピレン・ジエンゴム(EPDM)アセトン非極性軟化剤を狙う場合は単一溶剤の回収率を別途確認
アクリロニトリルブタジエンゴム(NBR)、水素添加アクリロニトリルブタジエンゴム(HNBR)アセトン、ヘキサン、ヘプタン、エタノールニトリル量・配合によって膨潤や添加剤回収が変わる。溶剤ごとの質量と抽出液を比較
クロロプレンゴム(CR)アセトン、ヘキサン、ヘプタン、エタノール可溶性配合剤を目的に選ぶ。ゴム骨格を溶かさない条件を確認
ブチルゴム(IIR)、塩素化ブチルゴム(CIIR)、臭素化ブチルゴム(BIIR)アセトンハロゲンを含む配合剤・接着層がある場合、抽出物をポリマー由来と決めつけない
エピクロルヒドリン系ゴム(CO・ECOなど)アセトン、ヘキサン、ヘプタン、エタノール共重合単位と配合剤により抽出性が変わるため、候補を少量試料で比較
シリコーンゴム(VMQなど)アセトン未反応の低分子シロキサンなどが移り得る。残渣の質量減少をすべて配合剤としない
フッ素ゴム(FKM)一律の溶剤をこの表から指定しない共重合型・架橋系・添加剤で差が大きい。溶剤の浸透・残留も含め、試料の変化を個別に確認

表の「候補」は最適条件の保証ではありません。 とくに複数ポリマーのブレンド、積層品、加硫密度の高い製品では、溶剤が浸透しにくかったり、特定の層だけが強く膨潤したりします。まず小片で質量・形状・抽出液の変化を観察し、目的成分の回収率と残渣への残留を確認してから本試験に進みます。抽出量を比較する研究・品質管理では、溶剤を変えた結果を同じ値として扱いません。

フッ素ゴムでは、抽出後に乾燥してもゴム内部に溶剤が残る場合があります。 溶剤を吸収・膨潤した試料では、表面が乾いて見えることや、所定時間の乾燥を終えたことだけで完全な脱溶媒を判断できません。抽出前後の質量だけでなく、乾燥を延長したときの質量推移と残留溶剤の有無を確認します。試料を傷める温度まで無条件に加熱せず、乾燥条件と確認結果を記録します。

実施手順:採取から二つの試料を残すまで

  1. 採取位置を決める。 表面のブルーム、接着剤、繊維や金属をどう扱うかを目的に合わせて決めます。表面層と内部を混ぜず、試料番号、採取位置、切断方法を記録します。
  2. 細片化し、初期質量を量る。 ゴムを小さくして溶剤の接触面積を増やします。粉砕時に熱や摩耗で成分を失わないようにし、細かい粉が抽出器から流出しない保持材を選びます。
  3. 溶剤と抽出方式を選ぶ。 JISのA法・B法ではソックスレー抽出を用います。還流した溶剤が試料を繰り返し通る仕組みです。目標成分の性質に応じた溶剤を選び、溶剤空試験も同じ条件で行います。
  4. 抽出液を別に保管する。 回収した液は、必要に応じて一部をそのままガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)や液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS)の分析に取り分けます。全量を乾固すると、揮発性成分の情報は失われます。
  5. 抽出物と残渣を別々に評価する。 A法では抽出液から溶剤を除いた不揮発性残分を量ります。B法では抽出後の試験片を所定の条件で乾燥・放冷して量り、初期質量との差を出します。残渣はポリマー同定や次の熱重量測定用に保存します。
  6. 結果と条件を一緒に記録する。 ゴム種、採取位置、粒度、溶剤、試料量、抽出条件、乾燥条件、空試験、再抽出で増える量、残渣の状態を残します。
ソックスレー抽出器の冷却器、抽出室、円筒ろ紙、蒸気管、サイフォン管、丸底フラスコの配置と排液の3段階
抽出室の液面がサイフォン管の頂部に達すると抽出液がフラスコへ戻り、入口に空気が入ると排液が止まる。

「溶剤抽出量」は何を表しているか

抽出量は、指定した条件で取り出せたものの質量分率です。A法とB法は同じ問いを別の場所から見ますが、必ず一致するとは限りません。

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計算の見方例の式含まれ得るもの・見落としやすいもの
抽出液から量るA法空試験補正後の乾燥抽出物の質量 ÷ 抽出前試料の質量 × 100軟化剤・可塑剤、樹脂、老化防止剤、遊離硫黄、未架橋ポリマーなどが含まれ得る。揮発性成分は乾固で失われ得る
試験片の差から量るB法(抽出前試料の質量 − 抽出後乾燥試料の質量)÷ 抽出前試料の質量 × 100未架橋ポリマーの流出、粉落ちや乾燥時の揮発も質量差に入る可能性。残渣に溶剤が残れば差が小さく見える

例えば抽出前5.000 g、抽出後4.620 gなら、B法の質量差は0.380 g、抽出量は7.6質量%です。一方で抽出液を乾燥して0.360 gを回収した場合、A法側は7.2質量%です。この差を直ちに測定ミスとも「揮発性添加剤0.020 g」とも決めません。溶剤・試料の保持、空試験、乾燥中の揮発、微粒子の流出などを点検します。この数字は計算を説明するための仮想例です。

加硫が不十分で架橋網目に取り込まれていないポリマーは、溶剤へ移ることがあります。元の製品に含まれるゴム量を正確に見積もるには、抽出物を添加剤だけとみなさず、定性分析でポリマー由来成分の有無を確かめます。 抽出物の赤外スペクトルや熱分解生成物を元のゴムと比較し、必要に応じて分子量分布も調べます。ポリマーが抽出されていれば、残渣中のゴムだけを元試料の全ゴム量と扱えません。

抽出前の試料を抽出液と残渣に分け、A法とB法が異なる量を見ていることを示す図
抽出量は配合表の軟化剤・可塑剤量にそのまま置き換えられない。

抽出で残渣から失われるもの

溶剤抽出は、後段のフーリエ変換赤外分光法(FT-IR)や熱分解ガスクロマトグラフィー(熱分解GC)で、配合剤による妨害を減らすのに役立ちます。ただし、除去した成分そのものが分析の重要な手掛かりになることがあります。抽出前の試料を必ず別に残すことが基本です。

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失われ方例分析上の影響
溶剤へ移る軟化剤・可塑剤、未反応の老化防止剤や加硫促進剤、粘着付与樹脂の一部、遊離硫黄、高級脂肪酸亜鉛の抽出される分残渣からは元の配合剤の存在を読み取りにくくなる。抽出液を保存して同定する
可溶なポリマー分が移る加硫が不十分な試料の未架橋ポリマー、オリゴマー、劣化で生じた低分子成分質量差をすべて「添加剤」とすると過大評価する。抽出物を定性分析し、ゴム量の計算でポリマー分を見落とさない
前処理中に揮散する低沸点成分、残留溶剤、香料や分解生成物の一部抽出液を乾固した後では元の組成を復元できない。分析用の液を先に分取する
物理的に流れ出る切断粉、充填剤を含む細粒、表面のブルームB法の質量差に加算され得る。保持材と抽出後の微粒子を確認する

高級脂肪酸亜鉛は抽出液と残渣の両方に存在し得ます。 例えば、配合されたステアリン酸と酸化亜鉛の反応で生じるステアリン酸亜鉛は、採用した溶剤・温度・抽出時間やゴム中での分布によって一部が抽出され、一部が残ります。したがって、抽出量をそのまま軟化剤・可塑剤の量と読まず、抽出液中の亜鉛化合物も確認します。

抽出しても残渣に残る添加剤

「不検出」は、採用した抽出と検出の条件で見えなかったという意味です。抽出後の残渣には、溶けないもの、反応して固定されたもの、内部から拡散しきれなかったものが残り得ます。

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残留しやすいもの残る理由次に確かめる方法の例
カーボンブラック、シリカ、炭酸カルシウムなどの補強材・無機充填剤一般的な有機溶剤では固体として残る熱重量測定、灰化後の元素分析、顕微鏡観察
酸化亜鉛、硫化亜鉛などの無機系配合・反応生成物有機溶剤へほとんど移らない、または反応後に別の化学形で残る灰分・元素分析、蛍光X線分析法(XRF)
高級脂肪酸亜鉛(ステアリン酸亜鉛など)の残留分溶剤への溶けやすさだけでなく、充填剤への吸着やゴム内部からの移動しにくさにも左右される抽出液と残渣をそれぞれ分析し、亜鉛と脂肪酸由来成分の分布を確認する
架橋網目に結合した老化防止剤・加硫促進剤由来の構造ゴム鎖への結合や反応で、元の自由な低分子化合物ではなくなる抽出前後の比較、熱分解生成物、固体核磁気共鳴法(固体NMR)など
高分子量または低溶解性の樹脂・添加剤選んだ溶剤に十分溶けない別の溶剤での段階抽出、抽出液と残渣の両方の分析
充填剤表面に強く吸着した成分、内部に閉じ込められた成分吸着・拡散の制約で抽出時間内に出てこない粒度・抽出時間・回数を変えた回収試験

溶剤を強くする、抽出を長くする、試料を細かくすることで回収が増えても、ポリマーの可溶分まで取り出したり、反応・劣化を進めたりする可能性があります。「完全抽出」を急いで目的物まで失わないことが大切です。配合剤の定量には、対象物質の標準添加や、抽出後の残留確認を含む回収率評価が必要です。

残渣の亜鉛量だけから、もとの酸化亜鉛配合量を計算することはできません。抽出液にも亜鉛が移り得るうえ、残渣中にも酸化亜鉛、硫化亜鉛、高級脂肪酸亜鉛など複数の化学形があるためです。亜鉛の収支を調べる際は、未抽出試料・抽出液・残渣を同じ試料基準で比較します。

次の熱重量測定につなぐ

第4回では、熱重量測定を用いて全ゴム量、カーボンブラック量、灰分をどう見積もるかを扱います。そこで使う質量は、未抽出試料を基準にするのか、抽出後の残渣を基準にするのかで意味が変わります。抽出液へ移った未架橋ポリマーと、残渣に残った溶剤も結果に影響します。今回の抽出物の定性結果、抽出液・残渣の質量、採取位置、溶剤・乾燥条件を残しておくことが、次の結果を正しく解釈する土台になります。

参考規格・資料