固相抽出(SPE)は、試料を吸着材に通す前処理です。夾雑成分を減らし、目的物を濃縮し、GC(ガスクロマトグラフィー)やLC/MS(液体クロマトグラフィー質量分析法)へ導入しやすい溶媒に置き換えられます。しかし「血漿だからC18(オクタデシル基)」「水だからHLB(親水性・親油性バランス型)」だけでは決まりません。同じ試料でも、目的物が中性か酸性か、塩基性か、どの溶媒に溶けているかで適した充填剤と回収する画分は変わります。

この記事は、分析対象以外の成分を除去したい実務者向けに、試料マトリックス × 目的物質 × 充填剤を対応づけます。表は方法開発の出発点であり、特定の製品・試料・規制法での回収率を保証するものではありません。公定法がある場合は、その版の規定を優先してください。

固相抽出の選定で試料・目的物・妨害成分を並べる概念図
試料の状態、目的物の性質、除きたい成分の三つから選ぶ

最初に決める:何をカートリッジに残すか

SPEには、目的物を保持してから溶出液に回収する方法と、妨害成分を保持して目的物を通過液に回収する方法があります。両者を取り違えると、洗浄液や通過液と一緒に目的物を捨ててしまいます。

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操作の考え方目的物の行き先例最初に確かめること
目的物を保持する(bind–elute)ロード・洗浄時は充填剤、最後は溶出液水中の微量有機物を逆相で濃縮、塩基性薬物を陽イオン交換で保持ロード時の破過、洗浄時の損失、溶出しきれるか
妨害物を保持する(pass-through)通過液食品抽出液の色素・脂質を分散型SPEで減らす目的物まで吸着しないか、除去が十分か
画分を分ける通過液・弱い溶出液・強い溶出液のいずれか中性物、酸性物、塩基性物の分画各画分の交差汚染と回収率

一般的なカートリッジ法は、コンディショニング → 平衡化 → 試料負荷 → 洗浄 → 必要に応じた乾燥 → 溶出の順です。分散型SPE(dSPE:分散型固相抽出)は吸着材を抽出液へ直接混ぜ、遠心分離などで除去します。どちらも各段階の液を初回検討では残し、目的物の行き先を確認します。Thermo Fisher ScientificのSPEガイドも基本操作と選定軸を整理しています。

目的物保持型と妨害物保持型の画分の行き先
回収する液が溶出液か通過液かで操作の設計が変わる

充填剤の地図:保持機構を理解する

充填剤名よりも、疎水性、極性、電荷、形状のどの差を利用するかが重要です。逆相では水系試料から疎水性の目的物を保持し、順相では非極性溶媒中から比較的極性の高い成分を保持します。イオン交換は試料のpHで目的物の電荷を調整し、逆符号に帯電した充填剤へ引きつけます。WatersのSPE法開発表とThermo Fisher Scientificの選択ガイドを基に整理しました。

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保持機構・充填剤例主に保持しやすい目的物ロード溶媒の出発点溶出・洗浄の考え方と注意
逆相 C18・C8(オクチル基)中性〜弱く帯電した疎水性有機物水または低有機溶媒の水系有機溶媒を増やして溶出。強い有機溶媒でロードすると破過しやすい。C18は非常に親水性の目的物には不向きな場合がある
親水性・疎水性ポリマー(HLB/PEP系)幅広い極性の中性有機物、一部の酸・塩基水系を基本に評価C18より広い対象を試しやすいが、無機イオンや極めて親水性の物質まで一律に捕まえるわけではない
順相 シリカ・フロリジル・アルミナ・ジオール非極性抽出液中の比較的極性の高い成分ヘキサンなど非極性溶媒より極性の高い溶媒で溶出。水分・抽出溶媒の違いが選択性を変える
陽イオン交換 SCX(強陽イオン交換) / 混合モードMCX(混合モード強陽イオン交換)正に帯電する塩基性物質目的物が陽イオンとなるpHの低塩水系pH・塩濃度でイオン保持を制御。混合モードは逆相保持もあるため、単純なpH変更だけで必ず溶出するとは限らない
弱陽イオン交換 WCX正に帯電する強塩基性物質など充填剤が負に帯電するpH充填剤の電荷を切り替える条件を検討。製品の使用pH範囲を守る
陰イオン交換 SAX(強陰イオン交換) / 混合モードMAX(混合モード強陰イオン交換)負に帯電する酸性物質目的物が陰イオンとなるpHの低塩水系pH・塩濃度でイオン保持を制御。中性共存物を洗い流す余地がある
弱陰イオン交換 WAX負に帯電する強酸性物質など充填剤が正に帯電するpH充填剤側を中性化できる条件を検討。PFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)分析でも用例があるが、対象と方法ごとに確認
グラファイト化カーボン(GCB)平面性の高い分子・色素など方法による食品抽出液の色素除去に使う一方、平面性の高い目的物も失う可能性がある

略号だけで製品の互換性を判断せず、交換基と逆相保持の有無を確認してください。Waters Oasisの混合モード製品ではMCXは強陽イオン交換、MAXは強陰イオン交換、WCXは弱陽イオン交換、WAXは弱陰イオン交換を逆相保持と組み合わせています。他メーカーを含むWCX・WAX等の名称が常に同じ基材・保持特性を示すわけではありません。弱い交換基はpHで充填剤自体の電荷を変えられます。Watersの混合モード選定図が模式的に示しています。

目的物の電荷とSPE充填剤の選択をつなぐ図
酸は陰イオン交換、塩基は陽イオン交換を検討する

試料マトリックス × 目的物質 × 充填剤:実務の組み合わせ

同じ充填剤でも、前処理前の試料が水系か有機溶媒抽出液かで保持は変わります。下表の「候補」は標準品と実試料で比較する最初の選択肢です。特定の物質群に定められた公定法を置き換える指示ではありません。

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試料・主な妨害目的物の例最初に比較する充填剤と回収画分失敗しやすい点
河川水・水道水:塩、天然有機物中性の農薬・医薬品など比較的疎水性の微量有機物HLB系ポリマーとC18を比較。目的物を保持し溶出液を回収大量の水で破過、粒子による目詰まり、強い有機溶媒でのロード
環境水:塩、フミン質イオン化する酸性医薬品陰イオン交換(MAX/SAX/WAX)とHLB系を比較。目的物保持pHとpKa(酸解離定数の負の常用対数)の関係、塩による競合、溶出条件で回収率が変わる
環境水・土壌抽出液:有機物・前処理ブランクPFASのうち対象法で定められた化合物公定法が指定するSPEを優先。WAX系を用いる方法がある。目的物保持充填剤・容器・配管由来のPFAS、短鎖成分の破過、前駆体や異性体の扱い
血漿・血清・尿:タンパク質、リン脂質、塩塩基性薬物・代謝物タンパク質対策後にMCX/SCXを比較。目的物保持pHで陽イオン化しないと保持不足。リン脂質の共溶出、タンパク結合の影響
血漿・尿:タンパク質、塩酸性薬物・代謝物MAX/SAX、目的物が強酸性ならWAXも比較。目的物保持酸性にし過ぎると弱酸が中性化して交換保持が弱まる
血漿・尿:リン脂質、塩中性〜弱極性の薬物HLB系を候補に、必要なら選択的なリン脂質除去材を追加。目的物保持リン脂質由来のLC/MSイオン抑制、乾燥・再溶解時の損失
果物・野菜のアセトニトリル抽出液:有機酸、糖、色素多成分農薬QuEChERS(Quick, Easy, Cheap, Effective, Rugged and Safeの頭字語)後のdSPEでPSA(第一級・第二級アミン)を検討。脂質が多ければC18、色素が多ければGCB系を比較。上清を回収PSAやGCBが一部農薬も除去する。多成分すべてで回収率を確認
油脂の多い食品抽出液:脂質残留農薬・脂溶性汚染物質dSPEのC18/脂質除去材、または順相クリーンアップを比較。目的物の行き先を方法別に確認脂溶性目的物も除去される、濃縮中の揮散
土壌・堆積物の有機溶媒抽出液:油分、色素、フミン質PAH(多環芳香族炭化水素)・残留性有機汚染物質シリカ・フロリジルなど順相の分画を検討。対象の溶出画分を回収水分と抽出溶媒の残留で分画が変わる、強保持成分の残留
油・石油系試料:炭化水素比較的極性の添加剤・酸化生成物非極性溶媒中でシリカ・フロリジル・ジオールを比較。目的物保持または分画母材の油が吸着容量を使い切る、目的物の不可逆吸着
ポリマー抽出液:オリゴマー・可塑剤・添加剤特定の酸性または塩基性添加剤水系へ移せるなら混合モードイオン交換、非極性抽出液のままなら順相を比較。対象画分を回収抽出溶媒が強すぎて逆相に保持しない。高分子由来成分の目詰まり

食品のQuEChERSでは、抽出液へ吸着材を混ぜるdSPEが一般的です。PSAは有機酸など、C18は脂質、GCBは色素を減らす選択肢ですが、目的物まで減らす可能性があるため、試料と対象成分に合わせて組み合わせます。AgilentのQuEChERS選択ガイドと分散型SPEの実例が参考になります。

PFASの例は特に試料・対象物質・公定法の組み合わせが固定される領域です。飲料水と排水・土壌では方法が異なり得ます。充填剤だけを置き換えず、方法全体の対象物質、ブランク、内標準、容器材質、回収基準を確認してください。米国EPA(米国環境保護庁)のPFAS分析法Q&Aを参照してください。

pHを変えると、目的物と充填剤の電荷が変わる

弱酸性の目的物は通常、pHがpKaより高いと陰イオンの割合が増え、弱塩基性の目的物はpHがpKaより低いと陽イオンの割合が増えます。酸性成分なら陰イオン交換、塩基性成分なら陽イオン交換を最初に検討します。ただし、混合モードは疎水性保持も持ち、弱交換基では充填剤自身の電荷も変わるため、「pHがpKaを超えたら必ず100%保持」とは判断できません。

高い塩濃度では試料中のイオンが交換部位を競合し、高い有機溶媒比率では逆相保持が弱まることがあります。ロード試料のpH、塩、溶媒、試料量を記録し、製品の使用pH範囲とLC/MSへ導入できる溶出液かを確認します。Watersのイオン交換SPE法開発にも選択の考え方があります。

洗浄を強くする前に、4画分で目的物の損失を探す

「クロマトグラムがきれいになった」だけでは成功ではありません。目的物が減った結果、妨害が消えたように見えることもあります。方法開発時は少なくとも①負荷時の通過液、②洗浄液、③溶出液、④必要なら充填剤に残った分を調べます。

SPEの4画分と回収率・マトリックス効果を調べる図
通過液、洗浄液、溶出液、残留分を見て損失場所を特定する

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観察した現象疑う原因次の比較実験
通過液に目的物が多い充填剤との相性、pH、強いロード溶媒、容量超過標準品を低塩水系で少量ロードし、充填剤・pH・試料量を一つずつ変える
洗浄液に目的物が出る洗浄溶媒が強すぎる、保持機構が一つしか働いていない逆相保持なら有機比率を下げる方向を検討。イオン交換なら目的物・充填剤の電荷を保つpHと塩濃度を比較し、pHを一律に下げない
溶出後も充填剤に残る溶出溶媒が弱い、強いイオン相互作用、不可逆吸着溶出液を追加し、pHと有機溶媒を別々に検討
回収率は高いのにLC/MS信号が弱い共溶出するマトリックスによるイオン抑制抽出後添加と溶媒標準を比較し、分離・洗浄を見直す
回収率がロットや試料で揺れる充填剤容量、含水状態、目詰まり、試料組成の差ブレークスルー曲線、空試験、流速、ロット間を比較

回収率を評価するには抽出前添加を、LC/MSのマトリックス効果を切り分けるには抽出後添加と溶媒標準を使います。比較可能な濃度で、抽出前添加/抽出後添加から前処理回収率を、抽出後添加/溶媒標準からマトリックス効果を見ます。抽出前に添加することで、タンパク質結合や抽出工程も含めた損失を評価できます。添加した標準品と元試料中の存在形態が同じとは限らないため、標準物質や実試料での確認も必要です。真度の記事も参照してください。

使い始めるときのチェックリスト

  1. 目的物を定義する。 全成分か、特定群か。pKa、溶解性、揮発性、吸着しやすさを調べる。
  2. 試料を定義する。 水系・非極性抽出液の別、有機溶媒比率、塩、タンパク質、脂質、色素、粒子量を記録する。
  3. 保持型か通過型かを決める。 回収すべき画分を作業表に明記する。
  4. 異なる機構を並べて比較する。 中性ならC18とHLB、酸性・塩基性ならイオン交換と混合モードを候補にする。
  5. 少量で分画試験をする。 通過液・洗浄液・溶出液をすべて測り、目的物の質量収支と妨害の残り方を見る。
  6. 実試料で性能を確認する。 回収率、ブランク、再現性、容量、LC/MSのマトリックス効果、必要な報告下限を評価する。

結論は、充填剤のブランド名より「どの相互作用で目的物を残し、どの操作で妨害を除くか」です。組み合わせ表で候補を絞った後、通過液と洗浄液を捨てる前に一度測ると、目的物の損失を早く発見できます。

参考資料