酸で溶け残る鉱物や酸化物を、融剤とともに加熱して可溶化するのが融解処理です。ただし「透明な融解物になった」だけでは分析は完了しません。融解物を溶かした後の液が安定し、測りたい元素が回収され、ICP(誘導結合プラズマ)に導入できることまで確かめて初めて、その方法を選べます。
この記事は金属分析のるつぼ選びの続編です。試料と対象元素から候補融剤を絞り、るつぼ、溶解液、ICP-OES(誘導結合プラズマ発光分光分析法)/ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析法)の順に確認します。以下は方法選定の地図であり、加熱条件や配合比のレシピではありません。実作業では公定法・装置取扱説明書・安全手順と実試料による妥当性確認を優先してください。
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| 最初に答える問い | なぜ重要か |
|---|---|
| 何を、どの濃度で測るか | 融剤由来の元素と高倍率希釈で測れなくなる元素がある |
| 溶け残りは何か | ケイ酸塩、難溶性酸化物、硫化物では有力な融剤が異なる |
| 全量分析か、部分溶解か | 酸分解の結果と融解後の結果を無条件に比較できない |
| ICP-OESかICP-MSか | 許容できる塩負荷、必要な希釈、定量下限が変わる |
融剤の早見表:まず何を候補にするか
「向く」は出発点です。同じ岩石でも鉱物組成や酸化状態が違えば溶け残り、揮散、沈殿が変わります。表中のるつぼは組合せの例であり、材質、温度、時間、試料中の金属によって適否が変わります。EPA(米国環境保護庁) MARLAPの融剤一覧とUSGS(米国地質調査所)の地質試料前処理レビューを起点に、実際の適合性を確認します。
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| 融剤・系 | 候補となる試料 | 融解後の主な注意 | 対象元素/るつぼの注意 |
|---|---|---|---|
| メタホウ酸リチウム(LiBO₂)、四ホウ酸リチウム(Li₂B₄O₇)、混合系 | ケイ酸塩、岩石、ガラス、灰、複数の酸化物の主成分分析 | 酸性水溶液への溶解と、その後の安定性を確認。Li・Bの塩負荷が大きい | LiとBの定量には使えない。Pt系・黒鉛などとの適合を個別確認 |
| 炭酸ナトリウム(Na₂CO₃)などの炭酸塩 | ケイ酸塩、石英、粘土、ガラス、一部のリン酸塩・硫酸塩 | ナトリウム塩が多く、溶解時の発泡や析出に注意 | Naの微量定量には不向き。るつぼの侵食とブランクを確認 |
| 過酸化ナトリウム(Na₂O₂) | クロム鉄鉱、ジルコン、ルチルなどの難分解鉱物、硫化物・一部合金 | 強い酸化力。融解物の再溶解、残留物、塩負荷を確認 | Naの定量に不向き。Pt等との反応に注意し、使用可能なるつぼを方法ごとに確認 |
| 水酸化ナトリウム/カリウム(NaOH/KOH) | 一部のケイ酸塩、酸化物、リン酸塩、フッ化物 | 吸湿、激しい反応、アルカリ塩の持込みに注意 | NaまたはKの定量には不向き。Ni等のるつぼ由来汚染も評価 |
| ピロ硫酸ナトリウム/カリウム(Na₂S₂O₇/K₂S₂O₇) | Al、Ti、Zr、希土類などの難溶性酸化物 | 硫酸塩の析出・再溶解、硫酸系マトリックスのICPへの影響 | ケイ酸塩の全面分解には一般に不向き。Na/KとSの測定目的を確認 |
ホウ酸リチウム系でもLiBO₂とLi₂B₄O₇は同じではありません。前者はシリカなどの酸性酸化物、後者は塩基性酸化物に有利な場面があり、混合系も使われます。USGSはLiBO₂融解をケイ酸塩の全岩溶液に用い、ICP-OESによる主成分分析法も公開しています。USGS:LiBO₂の概要/USGS:ICP-OES分析法
過酸化ナトリウムは、通常の酸分解やホウ酸塩融解で残る鉱物の候補になります。USGSはNa₂O₂融解後に硝酸で融解物を溶かし、ICP-OESとICP-MSで元素を測る方法を公開しています。ただし強酸化性の融剤を有機物や還元性試料に安易に適用しないでください。試料との反応性を含め、定めた安全手順を使います。USGS:Na₂O₂融解法
試料別の選び方:代表的な五つの場面
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| 依頼・試料 | 最初の候補 | 融剤を決める前の分岐 | ICPで重点確認すること |
|---|---|---|---|
| 岩石・ガラス中のSi、Al、Fe、Caなど主成分 | LiBO₂/Li₂B₄O₇系 | 未溶解鉱物、Siの回収、融解物の再溶解 | ICP-OESを中心に検討。融剤を含む検量液と管理試料を使う |
| ジルコンを含む試料中のZr、Hf、希土類 | Na₂O₂など、難分解相に実績のある方法 | ジルコンが実際に分解したかを残渣・標準物質で確認 | 高希釈でも必要な定量下限に届くか |
| クロム鉄鉱・耐火物中のCr、Ti、Al | Na₂O₂、または対象相に合うアルカリ/ピロ硫酸系 | 酸化状態や副反応、るつぼ由来のCr・Ni・Zr | ICP-OESの高濃度側、ICP-MSのマトリックス抑制 |
| TiO₂、ZrO₂、Al₂O₃などの難溶性酸化物 | ホウ酸塩、ピロ硫酸塩など | 目的元素と融剤・るつぼが重ならないか | 再溶解後の沈殿、硫酸塩・ホウ酸塩の蓄積 |
| 土壌・灰中の微量Pb、Cdなど | まず酸分解で要求される「全量」を満たすか判定。満たさなければ融解候補 | 融解で増す全操作ブランクと希釈損失に見合うか | ICP-MSの定量下限、回収率、ブランク、長時間ドリフト |
たとえばLiを測りたい岩石にLiBO₂を選ぶと、試料由来Liと融剤由来Liを区別できません。Bを測りたい場合も同じです。Naを微量で測るならNa₂O₂やNa₂CO₃も避けて、別の融剤や別分取の測定を検討します。対象元素が融剤・るつぼ・酸・水のどこから入り得るかを先に書き出すと、無駄な試験を減らせます。USGS:分析法選択の考え方
融解物を溶かす段階で起こる失敗
融解後は、方法に規定された水・酸・条件で融解物を溶解して定容します。酸を加えれば何でも溶けるわけではありません。未溶解の融解物、冷却中の析出、酸性化後の再沈殿、容器壁への付着は、透明に見える上澄みだけを測ると低値につながります。EPA MARLAPも融解物の水溶液を観察し、不溶物の有無を確認するよう述べています。EPA MARLAP:Sample Dissolution
確認は「融解直後」だけで終えず、定容直後・翌日など実際の測定待機時間後・希釈後に外観と回収率を見ます。溶け残りを濾過で除いて測定する場合、残渣に対象元素が残れば全量分析にはなりません。残渣を別に分析するか、方法を見直します。
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| 見える症状 | 考えられる原因 | 次の確認 |
|---|---|---|
| 融解物に粒が残る | 不完全融解、試料と融剤の不適合 | 残渣の観察・分析、標準物質の回収 |
| 溶解直後は透明、後で白濁 | pH・酸濃度・温度変化による析出 | 保持時間をそろえた回収試験、酸組成の再検討 |
| ブランクが高い | 融剤、るつぼ、容器、水由来 | 融剤ロット別とるつぼ別の全操作ブランク |
| 元素により低値 | 揮散、るつぼとの反応、析出、残渣への残留 | 認証標準物質、添加回収、別法との比較 |
ICP-OESとICP-MSへ持ち込む塩負荷
融剤は通常、試料より多量に入ります。融解液にはLi、B、Na、K、硫酸塩などが残り、総溶解固形分(TDS)が増えます。塩が多いとネブライザーやトーチ、ICP-MSのインターフェースコーンへ析出し、感度の変化や詰まりを招きます。強いマトリックスはイオン化や輸送にも影響します。USGS:融解法の利点と制約/Agilent:ICP-MSのマトリックス影響
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| 影響 | ICP-OES | ICP-MS | 対策の方向 |
|---|---|---|---|
| 高塩負荷 | ネブライザー・トーチの析出、背景や感度の変動 | コーン汚れ、信号ドリフト、マトリックス抑制 | 装置仕様内に希釈、耐高塩導入系、洗浄・QC(品質管理)頻度を検討 |
| 大量の融剤由来元素 | 発光線近傍の背景・干渉や検量液との組成差 | 強いマトリックス効果、質量干渉の検討 | 融剤ブランク、マトリックスを合わせた検量液、内標準 |
| 高倍率希釈 | 高濃度の主成分には適する場合が多い | 微量元素の溶液中濃度が下がる | 試料中の必要定量下限から逆算し、装置法を選ぶ |
| 融解後の析出 | 導入系の詰まり、結果の低値 | 同左に加え長時間の安定性低下 | 溶液安定性を保持時間まで検証 |
「ICP-MSなら高感度だから大丈夫」とは限りません。 融剤由来の塩を下げるために希釈すると、試料由来の微量元素も同じ割合で薄まります。たとえば試料0.10 gを100 mLにした場合、試料中1 mg/kgは溶液で1 µg/Lです。さらに10倍希釈すると0.1 µg/Lとなります(回収率100%と仮定)。一方、融剤1.0 gを100 mLに全量溶かしただけなら、融剤由来の固形分は概算で10 g/Lです。ICP-MSの許容TDSは装置構成と測定条件で異なるため、この数値を一律の上限とせず、取扱説明書と導入系の仕様に照らします。Agilent:装置構成ごとの適用例
検量液には試料液に近い酸・融剤マトリックスを含めるか、効果がないことを実証します。内標準はドリフトや一部のマトリックス効果の監視に役立ちますが、不完全融解や対象元素の損失は補正できません。融剤だけでなく試料も含めたマトリックスによる発光線・質量干渉は個別に評価します。Agilent:内標準・標準添加の考え方
方法を決める前の最低限の確認
- 目的を明記する。 全量か部分溶解か、対象元素、必要な試料中定量下限を決める。
- 分解の完全性を確かめる。 残渣の有無、認証標準物質の回収、必要なら別法による比較を行う。
- 融剤・るつぼ由来を切り分ける。 試薬ブランク、全操作ブランク、るつぼ使用履歴を確認する。
- 最終溶液の安定性を確かめる。 定容時、保存後、希釈後の析出と回収率を見る。
- 装置適合を確かめる。 TDS、酸組成、内標準回収、長時間ドリフト、洗浄後の持越しを監視する。
- 定量下限を試料単位へ戻す。 最終液の定量下限に定容量と追加希釈を掛け、試料質量で割る。
融解は、難分解相の全量分析に強力な選択肢です。一方で、融剤が持ち込む元素と塩負荷は分析法の一部になります。最初に「何を測るか」を決め、融剤、るつぼ、溶解、ICP、品質管理を一つの方法として検証すると、溶けたのに正しい値が出ない失敗を避けやすくなります。
