分析ノウハウ
分析法バリデーションの真度:ICP・クロマトグラフィー・分光法での確かめ方

分析法バリデーションの「真度」は、測定結果の平均が、基準として受け入れられる値へどれだけ近いかを表す性能です。英語では trueness と表され、ICH Q2(R2)では accuracy の評価として、標準物質との比較、添加試験、直交する別法との比較などが示されています。
真度が理解しにくい理由は、測定対象の「本当の値」を直接知ることができないためです。そこで、認証値、純度を確認した標準物質から調製した値、または妥当性を示した別法の結果を、受け入れられる基準値として使います。
この記事では、真度と精度の違いから始め、ICP-MS・ICP-OES、GC・LC、分光法で何を試料として、どのように評価するかを整理します。
まず「真度」と「精度」を分ける
日常語の「正確さ」には、基準値への近さと、繰り返したときのまとまりの両方が含まれがちです。分析法バリデーションでは、この二つを分けて考えます。
| 項目 | 見ているもの | 代表的な表し方 | 典型的な問い |
|---|---|---|---|
| 真度 | 測定値の平均と基準値の近さ | 回収率、偏り、相対偏り | 平均値は正しい方向にあるか |
| 精度 | 繰り返し測定値のまとまり | SD、RSD、分散 | 同じ条件で値が揃うか |
図の標的中心を基準値、点を繰り返し測定値と考えます。左上は真度も精度も良好です。右上は値がよく揃っていますが、平均が基準値から外れており、系統的な偏りが疑われます。左下は平均としては基準値付近でも、一回ごとの結果の不確かさが大きい状態です。
真度は、原則として十分な繰り返し測定の平均で評価します。一測定値が基準値と一致しただけでは、偶然の一致と区別できません。
「真値」ではなく「受け入れられる基準値」と比べる
実試料の真値は完全には分かりません。したがって、何を基準値にしたか、その基準値にどの程度の確かさがあるかが重要です。
| 基準値の作り方 | 強み | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 認証標準物質(CRM) | 実試料に近いマトリックスで、認証値と不確かさがある | 対象成分・濃度・マトリックスが適用範囲に合うか |
| 既知量の添加 | 濃度水準を設計しやすく、マトリックス影響を確認できる | 元からある量の差引き、添加液の独立性、添加時点 |
| 純度既知の標準物質 | 製剤・混合物などを設計して調製できる | 純度、水分、塩形、秤量・容量操作の不確かさ |
| 直交する別法 | 実試料を異なる原理で比較できる | 比較法自体の真度と不確かさが必要 |
ICH Q2(R2)は、標準物質との比較、マトリックスへの添加、直交法との比較を代表的な評価方法として挙げています。濃度範囲を覆う適切な水準と測定数、例えば3濃度×各3回を例示し、平均回収率または基準値との差と、信頼区間などの統計的な区間を報告する考え方を示しています。ICH Q2(R2):Validation of Analytical Procedures
真度を表す基本計算
認証値や調製値と比較する場合
回収率(%)= 測定値の平均 ÷ 基準値 × 100
偏り = 測定値の平均 − 基準値
相対偏り(%)= 偏り ÷ 基準値 × 100
例えば認証値が10.0 mg/kg、測定平均が9.6 mg/kgなら、回収率は96%、偏りは−0.4 mg/kg、相対偏りは−4%です。
添加回収の場合
添加回収率(%)=(添加試料の測定値 − 無添加試料の測定値)÷ 添加量 × 100
無添加試料が2.0 mg/kg、5.0 mg/kg相当を添加した試料が6.6 mg/kgなら、添加分として観測された量は4.6 mg/kg、添加回収率は92%です。
添加試料の測定値を添加量だけで割ると、試料中にもともと存在した量まで回収分へ含めてしまいます。無添加試料の差引きが必要です。
添加回収試験は「いつ添加したか」で意味が変わる
添加する場所によって、回収率に含まれる誤差要因が変わります。
| 試験設計 | 確認しやすい範囲 | 見落としやすいこと |
|---|---|---|
| 前処理前に添加 | 分解・抽出・精製・誘導体化・希釈・測定を含む工程全体 | 添加した化学形が実試料中の対象と同じ挙動をしない場合がある |
| 前処理後に添加 | 装置測定時のマトリックス影響、イオン化抑制・増感 | 分解不良、抽出損失、揮散、吸着 |
| 溶媒標準を測定 | 検量線調製と装置応答 | 実試料のマトリックスと前処理損失 |
| CRMを工程全体で処理 | 前処理と測定を含む総合的な偏り | 実試料とCRMの組成差、対象濃度の不足 |
回収率100%は「すべてが正しい」ことを必ずしも意味しません。例えば前処理で10%失われ、測定時の増感で11%高く出ると、二つの偏りが相殺され、見かけ上ほぼ100%になることがあります。異なる濃度、複数の代表マトリックス、別の評価方法を組み合わせる理由はここにあります。
ICP-MS・ICP-OESにおける真度
ICP分析では、試料分解から定容、希釈、装置測定、干渉補正、濃度換算までが真度に影響します。装置の検量線だけでなく、前処理を含む分析手順全体を評価します。
最も説明力が高いのはマトリックスの近いCRM
土壌、食品、金属、生体試料など、実試料と近い認証標準物質が利用できる場合は、通常試料と同じ量を採り、同じ分解・希釈・測定工程を通します。認証値だけでなく、その不確かさと対象元素の認証状態を確認します。参考値や情報値を、認証値と同じ強さの基準として扱わないようにします。
CRMで低値となる場合、分解不良、揮散、沈殿、容器吸着、スペクトル干渉の過補正、換算ミスなどを疑います。高値なら、汚染、スペクトル干渉、ブランク補正、標準液調製などを確認します。
マトリックススパイクは前処理前に加える
実試料へ既知量を加え、通常の分解工程から測定します。添加量は、元の濃度と比べて小さすぎると差分の不確かさが大きくなり、大きすぎると実際の濃度域やマトリックス影響を代表しなくなります。
一方、分解後の溶液へ添加するポストスパイクは、主に残存マトリックスによる信号抑制・増感を切り分ける試験です。前処理前スパイクが不良で、ポストスパイクが良好なら、分解・回収段階の損失が疑われます。両方が不良なら、測定段階のマトリックス影響や干渉も候補です。
EPA Method 6020Bも、ICP-MSでマトリックススパイク、ポストディジェスションスパイク、希釈試験などを使い、マトリックス影響を評価する考え方を示しています。
ICPで確認する実務ポイント
- 少なくとも低・中・高濃度など、報告範囲を代表する水準を評価する。
- 酸濃度、総溶解固形分、主要共存元素を実試料に近づける。
- 添加標準液は、可能なら検量線標準液とは独立した調製源で確認する。
- ICP-MSでは別同位体やセル条件、ICP-OESでは別波長でも偏りの傾向を確認する。
- 内標準補正後の回収率だけでなく、内標準応答そのものも確認する。
- 固体試料では、添加液が粒子内部の天然存在元素と同じ分解挙動をしない可能性を記録する。
標準添加法はマトリックス効果の補正に有効ですが、同じ試料へ加えた標準から外挿するため、それだけで前処理損失や標準液の値付けを独立に証明できるわけではありません。CRMや独立標準による確認と役割を分けます。
GC・LCにおける真度
GC・LCでは、抽出、ろ過、濃縮、再溶解、誘導体化、注入、分離、検出、積分が真度へ影響します。マトリックスブランクが得られる場合は、対象物質を既知量添加し、最初の試料調製工程から分析します。
添加回収は抽出前から行う
抽出後の試料へ添加した回収率が良好でも、抽出損失は評価できません。GCで誘導体化が必要なら原則として誘導体化前、LCで固相抽出を行うなら抽出前に添加し、日常試料と同じ操作を行います。
| 起こり得る偏り | GC・LCでの例 | 確認方法の例 |
|---|---|---|
| 抽出不足 | 結合型成分、疎水性成分が試料側に残る | 抽出前添加、再抽出、CRM |
| 誘導体化不足 | 反応率、時間、水分の影響 | 反応前添加、反応条件比較 |
| マトリックス効果 | LC-MSのイオン抑制・増感、GC注入口効果 | 抽出後添加と溶媒標準の比較 |
| 分解・吸着 | オートサンプラ中の分解、容器壁への吸着 | 保存時間試験、材質比較 |
| 積分の偏り | 共溶出、ベースライン処理 | 添加試料、別分離条件、手動確認 |
内標準は真度を改善しても、真度の証明そのものではない
同位体標識内標準や構造類似内標準は、抽出や注入、イオン化の変動を補正できます。しかし、対象物質と内標準の挙動が完全に一致しない、内標準を抽出後に加えている、クロストークがある、標準原液の値付けが共通して誤っている場合は、偏りが残ります。
真度試験では、内標準を日常法と同じ時点で加えたうえで、既知量を持つ試料の測定結果を評価します。内標準応答が安定していることと、対象物質の回収率が基準値に近いことは別々に確認します。
実試料でしか現れない偏りもある
人工添加では、対象物質が組織や粒子に結合している状態、代謝物との平衡、結晶状態などを再現できないことがあります。利用可能ならCRM、自然含有試料、妥当性が示された別法との比較を加えます。
分光法における真度
分光法では、対象成分以外の吸収、散乱、ベースライン、試料厚み、セル差、温度、化学形、スペクトル前処理が結果を偏らせます。単変量法と多変量法で評価方法を分けて考えると理解しやすくなります。
UV-Vis・蛍光などの単変量法
純溶媒で調製した標準液だけでなく、代表マトリックスへ添加した試料、濃度既知の対照試料を測定します。pH、錯形成、濁り、消光、内フィルター効果が実試料と標準液で異なると、検量線が直線でも真度は確保できません。
対象波長だけを見るのではなく、全スペクトルとブランクを確認します。標準添加法を使う場合も、添加によって化学平衡や試料体積が変わらないか、外挿範囲が過大でないかを確認します。
IR・ラマン・近赤外などの多変量法
多変量モデルでは、校正に使った試料へよく合うことと、未知試料を正しく予測できることは別です。校正試料とは独立した検証試料を用い、参照法の値と予測値を比較します。
ICH Q2(R2)は、定量的な多変量法について、独立したテストセットで予測平均二乗誤差の平方根(RMSEP)などを評価する考え方を示しています。RMSEPが校正時の誤差(RMSEC)より大幅に悪い場合、過学習、検証試料の代表性不足、未考慮のマトリックス差などを疑います。
評価では、次を組み合わせます。
- 予測値と参照値の散布図が、傾き1・切片0の線から系統的に外れていないか。
- 平均偏りと濃度別の偏りに傾向がないか。
- RMSEPが使用目的に対して十分小さいか。
- 検証試料がロット、温度、水分、粒径、装置差などを代表しているか。
- 参照法そのものの真度と不確かさが説明できるか。
定量NMR
定量NMRでは、純度既知の標準物質や認証標準物質を使い、独立に調製した試料で測定値を基準値と比較します。信号重なり、緩和遅延、パルス条件、積分範囲、水分・残留溶媒、内標準純度が偏りの原因になります。内標準と対象物質の秤量値が正確でも、緩和が不十分なら信号比は偏ります。
三つの分析法で何を比較するか
| 観点 | ICP-MS・ICP-OES | GC・LC | 分光法 |
|---|---|---|---|
| 優先する基準試料 | マトリックスの近いCRM | CRM、ブランクマトリックス添加 | 値付け試料、独立検証セット |
| 前処理前添加で見るもの | 分解、揮散、沈殿、希釈、測定 | 抽出、精製、誘導体化、測定 | 発色・反応、希釈、測定 |
| 前処理後添加で見るもの | 残存マトリックスによる抑制・増感 | イオン化・検出マトリックス効果 | 吸収、消光、散乱など |
| 特有の偏り | スペクトル干渉、分解不良、汚染 | 抽出損失、共溶出、積分、誘導体化 | ベースライン、散乱、モデル偏り |
| 有効な追加確認 | 別同位体・別波長・別元素分析法 | 別カラム・別検出器・直交法 | 全スペクトル・別波長・独立予測 |
| 代表的な結果 | 回収率、相対偏り、信頼区間 | 回収率、相対偏り、信頼区間 | 偏り、回収率、RMSEP |
合否基準は「100%に近いほどよい」だけでは決めない
真度の基準は、分析目的、濃度、マトリックス、試料数、規格幅、測定不確かさ、リスクに基づき、試験前に決めます。どの分析にも一律に80〜120%を当てはめるのは適切ではありません。主成分の定量と極微量不純物、単純な製剤と複雑な土壌では、必要かつ達成可能な性能が異なります。
平均回収率だけでなく、個々の値、SD・RSD、信頼区間、濃度ごとの傾向を確認します。平均が100%でも、90%と110%に二分していれば、条件依存の偏りが隠れている可能性があります。
また、CRMの認証値には不確かさがあります。測定平均と認証値に差があるかを判断するときは、測定側と基準値側の不確かさを無視せず、必要に応じて差の有意性や適合性を評価します。
真度試験の組み立て方
- 分析対象、マトリックス、報告範囲、使用目的を決める。
- CRM、添加試料、独立調製試料、直交法から適切な基準を選ぶ。
- 低・中・高など、報告範囲を代表する濃度水準を設定する。
- 前処理を含む全工程を評価できる時点で添加・調製する。
- 各水準で十分な独立調製と繰り返しを行う。
- 回収率または偏りに加え、ばらつきと信頼区間を算出する。
- 濃度、マトリックス、日、分析者などによる偏りの傾向を確認する。
- 事前に定めた基準と使用目的に照らして判定し、適用範囲を記録する。
同じ添加液を分注しただけの反復は、分注後の測定ばらつきは見ても、独立した秤量・抽出・分解の偏りを十分には評価しません。可能な限り、試料採取または前処理開始から独立に調製します。
よくある誤解
| 誤解 | 実際の考え方 |
|---|---|
| 検量線の相関係数が高いから真度もよい | 相関は応答の並び方であり、基準値への近さを直接示さない |
| RSDが小さいから正しい | 精度が良くても、全測定値が同じ方向へずれることがある |
| 添加回収率が100%なら工程全体に問題はない | 添加時点より前の損失や、相殺された偏りは見えない |
| 内標準で補正したから真度は保証される | 内標準が追従しない偏りや、共通の標準液誤差は残る |
| 一濃度で合格すればよい | 低濃度だけ、高濃度だけで生じる偏りを見逃す |
| 別法と一致すれば両方正しい | 二つの方法が同じ偏りを共有している可能性がある |
まとめ
真度は、繰り返し値の平均が、信頼できる基準値へどれだけ近いかを示します。理解の要点は、精度と分けること、基準値の根拠を明らかにすること、分析工程のどこから評価しているかを意識することです。
- ICPでは、マトリックスの近いCRMと前処理前・後のスパイクを使い分ける。
- GC・LCでは、抽出・誘導体化より前に添加し、内標準補正とは別に既知量との一致を確認する。
- 分光法では、マトリックス影響を確認し、多変量法では独立検証セットとRMSEPを用いる。
- 平均回収率だけでなく、個々の値、ばらつき、信頼区間、濃度依存性を見る。
- 合否基準は一律の回収率ではなく、使用目的とリスクから事前に設定する。
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本記事は、分析法バリデーションにおける真度の一般的な考え方を示すものです。具体的な試験水準、測定数、統計処理、合否基準は、分析目的、適用する規格・ガイドライン、顧客要求、試験所のSOPに基づいて設定してください。