加硫ゴムを溶剤で抽出すると、軟化剤・可塑剤、老化防止剤、加硫促進剤に由来する成分などが抽出液に移ります。しかし、抽出された成分の総量も、検出された化合物の一覧も、元の配合表そのものではありません。 抽出条件によって回収される範囲が変わり、未架橋ポリマー、原料中の不純物、加硫・劣化で生じた物質も含まれ得ます。第3回の溶剤抽出で得た抽出物を出発点に、今回はフーリエ変換赤外分光法(FT-IR)で主成分を概観し、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)と液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS)で個別成分を探る流れを説明します。

加硫ゴムの溶剤抽出物を保存・分取し、FT-IRで全体像、GC/MSとLC/MSで個別成分を調べる流れ
同じ抽出物から用途別に分取し、分析前に溶剤ブランクも確認する。

まず、抽出物に何が入るかを考える

抽出物には配合剤の「元の姿」だけでなく、その反応物や変化物も入ります。逆に、抽出されにくい添加剤は残渣側にも残ります。抽出物を分析して見えなかった物質を「配合されていない」とは断定できません。 ISO(国際標準化機構) 1407:2023も、溶剤、試料状態、方法によって抽出量が変わり得るとしています。

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成分群の例抽出物で見つかるものの例分析上の注意
軟化剤・可塑剤鉱物油系の炭化水素混合物、エステル類など鉱物油の多数の成分がGC/MSで重なり、添加剤のピークを隠すことがある
老化防止剤アミン系、フェノール系などの残存成分と変化物使用中の酸化・移行で元の添加剤が減り、別のピークが生じ得る
加硫剤・加硫促進剤の残存物と反応生成物チアゾール系などに由来する低分子成分、遊離硫黄など加硫で元の薬剤が反応・分解し、生成物だけから元の配合剤を一意に決められないことがある
粘着付与剤・加工助剤樹脂由来の混合物、脂肪酸由来成分など混合物の広い分布を単一成分のピークとして扱わない
ポリマー系添加剤可溶な樹脂・重合体型加工助剤など通常のGC/MS・低分子向けLC/MSでは高分子本体を見落としやすく、FT-IRや熱分解分析を検討する
ポリマー由来の抽出物低分子量成分、未架橋ポリマー、分解物添加剤と取り違えない。加硫度合いが低い試料では特に注意する

加硫後の抽出物から、元の加硫剤をどこまで読めるか

加硫剤や加硫促進剤は、加硫反応中に消費され、反応・分解して別の化合物になることがあります。抽出液で見つかるのは、未反応の残存物、反応生成物、抽出可能な分解物の一部です。架橋に取り込まれた成分や抽出されない成分は、この分析には現れません。したがって、促進剤に由来するピークを見つけても、それだけで元の薬剤名や配合量を決めず、見つからなくても未使用とは結論しません。たとえばISO 10398の適用範囲では、加硫で相互に変化し得るチアゾール系促進剤について、特定の検出物だけから元の薬剤を区別できない場合が示されています。

結果は「○○系促進剤に由来する成分を検出」のように観測した化合物と推定した由来を分けて記録します。加硫前の配合物、原料や標準加硫物を入手できるなら、同じ抽出・測定条件で比較します。熱脱着・熱分解分析で追加の手掛かりが得られる場合もありますが、そこで生じた分解物も元の薬剤そのものではありません。加硫ゴム中の促進剤由来成分を調べた研究は、この区別を示しています。

抽出物の量を求める操作と、成分を同定する操作は目的が違います。揮発しやすい物質は抽出液の濃縮・乾燥で失われることがあります。全量を蒸発させる前に抽出液を分取して保管し、試料ブランク、溶剤ブランク、抽出器具のブランクを同じ手順で用意します。抽出に使った溶剤がそのままGC/MSやLC/MSへ適するとは限らないため、必要に応じて溶媒置換・希釈を行い、回収の変化を確認します。

FT-IR:主成分の「種類」をつかむ

抽出物の一部を適切に濃縮し、溶剤由来の吸収を避けてFT-IRで測ります。炭化水素に富むか、エステルのカルボニル基が目立つか、芳香族の信号があるかなど、主成分の官能基と大まかな系統を読むのが得意です。たとえば鉱物油系の軟化剤が多ければ、脂肪族の炭素―水素結合に由来する約2800~3000 cm⁻¹の吸収が目立ちます。ただし、この領域だけで鉱物油とポリマー由来の低分子成分を区別することはできません。

ただし、混合物のスペクトルでは多い成分の吸収が少量の老化防止剤や促進剤を隠します。バンドが一致しても異性体や個別の商品名までは通常決められません。FT-IRで「炭化水素系が主成分」と読めても、微量成分がないという意味ではありません。得た見当を次の分離分析へつなぎます。

FT-IRの透過率スペクトル、GC/MSの鉱物油由来の広い信号、LC/MSの抽出イオン信号を模式的に並べた図
模式図。ピークの位置や強度は実試料のデータではない。FT-IRとクロマトグラムは横軸も縦軸も異なる。

GC/MS:質量スペクトルライブラリで候補を探す

GC/MSは、気化でき、分析中の熱で大きく変化しない成分に向きます。分離したピークごとに電子イオン化(EI)質量スペクトルを得て、米国国立標準技術研究所(NIST)のライブラリやWileyの質量スペクトルライブラリと照合します。これらはEIスペクトルの候補検索に有用ですが、上位に表示された名前は同定の確定ではありません。 NISTの解説も、スペクトル一致の判定に測定条件や変動を考慮する必要を示しています。

  1. クロマトグラムを確認する。 ブランク由来のピーク、ピークの重なり、ベースラインを調べる。混合ピークは必要に応じてスペクトルを分離してから検索する。
  2. スペクトルを検索する。 NIST・Wileyの候補順位と一致度を見て、主要なフラグメント、分子イオンの有無、類似構造の候補を比較する。
  3. 保持情報で絞る。 同じ条件の標準品の保持時間や、使える場合は保持指標を照合する。スペクトルだけで異性体を決めない。
  4. 必要な成分を確認する。 重要な候補は標準品を同じ測定法で分析し、保持時間とスペクトルの両方を確かめる。

沸点が高い、熱に弱い、またはGC(ガスクロマトグラフィー)で扱いにくい成分は見落とし得ます。注入口やカラム内で生じた分解物を元の配合剤と誤認しないよう、注入条件を変えた比較も有効です。NIST・WileyのEIライブラリ照合は、次に述べるLC/MSの測定条件をそのまま代用するものではありません。

鉱物油の広い信号でピークが埋もれるとき

鉱物油系の軟化剤が多いゴムでは、多数の炭化水素が近い保持時間に現れ、GC/MSの全体のクロマトグラムに盛り上がった広い信号(ハンプ)を作ることがあります。これは単一化合物の幅広いピークではなく、十分に分離できない成分群の重なりです。小さな添加剤のピークやそのEIスペクトルに鉱物油の信号が重なると、NIST・Wiley検索も不安定になります。鉱物油のGC/MS測定例にも、炭化水素の混合物がハンプ状に現れる例が示されています。

このときは、未処理の抽出液を残したうえで、別の分取液をシリカゲル固相抽出(SPE)で分画する方法が有効です。シリカゲルを使う順相の一例では、非極性の溶媒に溶かした抽出物を載せ、まず弱い溶媒で鉱物油に富む非極性画分を流出させます。その後、溶媒の極性を上げてシリカに保持された比較的極性の高い添加剤画分を回収します。後者を適切に濃縮・溶媒置換してGC/MSで測ると、広いハンプに隠れていたピークを解析しやすくなる場合があります。AgilentのシリカゲルSPE解説とWatersの順相SPE手順は、非極性マトリクスから極性成分を保持し、溶媒の極性を上げて分画する原理を示しています。

鉱物油によるGC/MSの広いハンプ、シリカゲル固相抽出による非極性画分と添加剤画分への分離、分画後のクロマトグラムを示す模式図
模式図。目的成分がどの画分に出るかは物質と条件で異なるため、両画分を確認する。

シリカゲルSPEは「鉱物油だけを必ず除く操作」ではありません。 非極性の添加剤は鉱物油画分へ一緒に出ることがあり、極性の高い成分はシリカに強く残って回収しにくいこともあります。両画分と未処理液を保存して比較し、代表的な標準品を添加して回収率を確かめます。試料負荷量、シリカの水分状態、溶媒組成で分離が変わるため、画分の境界を実試料で確認してから分析条件を決めます。鉱物油自体が分析対象なら、鉱物油画分を捨てずに別途評価します。

LC/MS:社内ライブラリと測定条件を一緒に使う

LC/MSは、GC/MSで扱いにくい低揮発性・熱に弱い成分を調べる選択肢です。ただし、検出しやすさは液体クロマトグラフィーの分離条件だけでなく、イオン化法にも左右されます。エレクトロスプレーイオン化(ESI)や大気圧化学イオン化(APCI)の選択、正負の測定極性、移動相、共溶出成分によって信号が変わります。GCに不向きな物質がすべてLC/MSで見えるわけではありません。

ここでは標準品を同じ条件で測って作る社内ライブラリを使います。登録する項目は化合物名だけでなく、標準品の由来・純度、カラムと移動相、保持時間、イオン化法と極性、検出イオンの質量電荷比(m/z)、付加イオンの種類、タンデム質量分析(MS/MS)のフラグメントと衝突エネルギー、測定日です。条件が違うスペクトルを無条件に重ねて一致判定しません。NISTのMS/MSライブラリ研究も、参照スペクトルを構築するときの品質管理を重視しています。

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照合する情報社内ライブラリでの確認点一致しても残る疑問
保持時間同一のカラム・移動相・勾配条件で標準品と比較装置や条件が変わるとずれる。共溶出の可能性もある
前駆イオンのm/z正確な質量と想定する付加イオンを照合同じ質量の別成分や別の付加イオンを排除できるか
MS/MSのフラグメント同じ極性・衝突条件で主要な生成イオンを比較構造が近い物質は似たフラグメントを生じ得る
ブランクと標準品ブランクにないこと、標準品の保持・スペクトルと合うことを確認抽出・前処理で回収率が変わっていないか

試料の共存物がイオン化を抑えるマトリクス効果にも注意します。濃度が高い主成分をそのまま注入せず、希釈、分画、適切な溶媒置換を検討します。重要な候補は標準品の添加回収や別条件での再測定で確かめます。ライブラリに未登録の成分は「不検出」ではなく、登録済み候補としては同定できていない状態です。

GC/MSとLC/MSでライブラリ候補から標準品確認へ進み、報告の確からしさを段階的に高める図
検索一致、保持情報、標準品を別々の証拠として積み上げる。

ポリマー系添加剤が疑われるとき

可溶な粘着付与樹脂や重合体型の加工助剤などが抽出物に含まれる場合、通常のGC/MSでは高分子をそのまま気化・分離できません。 一般的な低分子化合物向けのLC/MSでも、分子量分布、イオン化のしにくさ、共存物の影響から高分子本体を見逃すことがあります。ただし、低分子量のオリゴマーならLC/MSなどで見える場合があるため、「GC/MS・LC/MSでピークがない=ポリマー系添加剤がない」とは判定しません。

まず乾燥した抽出物または分画した高分子成分をFT-IRで測り、官能基とスペクトル全体を既知材料と比較します。鉱物油などが多いと吸収が重なるため、分画前後を比べます。それでも候補が絞れない場合は、次のように熱脱着と熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法(熱分解GC/MS)を段階的に使う方法があります。

  1. 抽出物を別に分取して溶剤を除き、未処理分は比較用に保存する。
  2. 温度を制御して低分子の熱脱着成分を先に回収・測定する。目的の高分子をこの段階で分解しない条件を検討する。
  3. 残った高分子に富む部分を熱分解GC/MSで測り、特徴的な熱分解生成物を標準材料と比較する。
溶剤抽出物の一部を保存し、残りを低分子成分の熱脱着と高分子残分の熱分解GC/MSへ段階的に分ける模式図
模式図。熱脱着温度と熱分解条件は材料ごとに設定し、未処理抽出物と比較する。

この操作で得るのは熱分解生成物から推定した高分子の手掛かりです。熱脱着時に目的成分まで分解・揮散したり、抽出した未架橋のベースポリマーを添加剤と取り違えたりする可能性があります。熱脱着画分、熱分解後の結果、未処理抽出物を照合し、可能なら既知の添加剤・ベースポリマーを同じ条件で測ります。ゴム材料の熱脱着・熱分解GC/MSに関する研究と島津製作所の二段階分析例は、加熱段階を分けて添加剤と高分子骨格由来成分を調べる考え方を示しています。

三つの方法をどう使い分けるか

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知りたいことまず使う方法次に確認すること
抽出物の大部分はどんな系統かFT-IR混合物なので少量成分はGC/MS・LC/MSへ
揮発・半揮発性成分の候補は何かGC/MSのEIスペクトルとNIST・Wiley検索ブランク、保持情報、標準品を照合
鉱物油の広い信号に添加剤が埋もれる未処理液とシリカゲルSPEの画分をGC/MSで比較非極性画分への目的成分の流出と、添加剤画分の回収を確認
GCで扱いにくい添加剤候補は何かLC/MSと社内ライブラリ保持時間、m/z、MS/MS、標準品を同じ条件で照合
加硫前に使われた加硫剤・促進剤は何か抽出物中の残存物・反応生成物をGC/MS・LC/MSで調べる加硫前試料や標準加硫物と比較し、元の薬剤を一意に決められない場合はその限界を記す
ポリマー系添加剤が含まれるか抽出物や分画物のFT-IR低分子の熱脱着成分を分け、残分の熱分解GC/MSを既知材料と比較する
元の配合量を知りたい定性結果を基に別途定量法を設計抽出回収率、残渣中の残留、劣化・移行、試料質量基準を確認

仮想例: 抽出物のFT-IRで炭化水素に富む混合物が主成分と分かり、GC/MSでは鉱物油由来の広い信号が小ピークを隠していたとします。シリカゲルSPEで分けた添加剤画分から促進剤由来と考えられる低分子の候補が見え、LC/MSでは老化防止剤の候補が社内ライブラリと一致しました。この時点で報告できるのは、各手法で得た候補と根拠の範囲です。GC/MSの検索上位だけなら「ライブラリ検索による推定」、LC/MSで保持時間・MS/MSが合えば「社内ライブラリとの一致」、標準品まで合えば「標準品で確認」と分けて記載します。検出量を元の配合量へ置き換えるには、抽出されずに残った分や分画回収率、加硫・劣化による変化を別途評価します。

記録しておくと再解析できる項目

  1. ゴム試料の採取位置、質量、使用履歴と、抽出に使った溶剤・時間・温度・回数を残す。
  2. 抽出液の分取、濃縮、溶媒置換、保存条件を残し、揮発性成分の損失を評価する。
  3. FT-IRの測定試料の作り方、GC/MSの注入口・EI条件、LC/MSの分離・イオン化・MS/MS条件を残す。
  4. ブランクのピーク、ライブラリ名と版、社内ライブラリの登録条件、標準品での確認範囲を残す。
  5. 報告では「抽出物中に検出した物質」と「元の配合剤として確認した物質」を区別する。

抽出物を読むときは、FT-IRが全体像、GC/MSが検索可能なEIスペクトル、LC/MSが条件をそろえた社内参照情報をそれぞれ提供します。三つの結果を重ねても、抽出されなかった添加剤の不在や元の配合量までは自動的に決まりません。

次回予告:熱抽出物のGC/MS分析

本記事で触れた熱脱着成分を含め、加硫ゴムから得られる熱抽出物をGC/MSで測定したときに、どのような物質を同定できるかは次回の記事で扱います。溶剤抽出物の分析結果との違いと、加熱によって新たに生じる成分をどう見分けるかも整理します。

参考資料