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分析ノウハウ

ICP-MSとICP-OESの使い分け

同じ試料からICP-OESとICP-MSの二つの測定方式を比較するイラスト
要求値と試料条件から、適した測定方式を考える。イメージイラスト

ICP-MSとICP-OESは、どちらも複数元素を測定できる代表的な元素分析法です。ただし、「どちらが高性能か」だけでは適切に選べません。必要な定量下限、試料中の濃度、共存成分、前処理後の液性、日常的な保守まで含めて判断します。

この記事では、特定メーカーや機種の優劣ではなく、分析法を選ぶときの一般的な確認項目を整理します。実際に採用する方法は、適用する規格・試験法、装置仕様、試料導入系、妥当性確認の結果に基づいて決定してください。

先に結論:要求値から逆算して選ぶ

最初に確認するのは、装置の公称感度ではなく、試料中濃度としてどこまで定量する必要があるかです。

  • 微量域まで定量する必要があり、前処理や希釈後の測定濃度が非常に低くなる場合は、ICP-MSが候補になります。
  • 比較的高い濃度を扱い、試料を過度に希釈せず測定したい場合は、ICP-OESが候補になります。
  • 低濃度元素と高濃度元素が同じ試料に共存する場合は、一方ですべてを測ることにこだわらず、希釈条件や測定法を分ける選択肢もあります。

「ICP-MSなら必ず低濃度を正しく測れる」「ICP-OESなら高マトリックス試料をそのまま測れる」という意味ではありません。実試料で得られる定量下限や測定可能範囲は、元素、干渉、試料導入条件、ブランク、前処理、装置構成によって変わります。

比較の全体像

比較軸ICP-MSを検討しやすい場面ICP-OESを検討しやすい場面
必要な濃度水準微量・超微量域が必要主成分から比較的高い微量域を扱う
試料の状態十分に分解・希釈でき、汚染管理が可能高濃度成分を含み、必要な感度を保ったまま測りたい
主なスペクトル干渉同重体、多原子イオン、二価イオンなど発光線の重なり、背景発光、迷光など
測定条件の検討質量数、内標準、セル条件、希釈など波長、背景補正位置、観測方向、希釈など
日常管理インターフェース、真空系、汚染、セル条件等の管理が加わるトーチ、ネブライザー、波長・背景補正等を管理する
選定の起点要求下限を満たせるか必要範囲を安定して測れるか

この表は一般的な傾向です。装置世代や構成によって性能が重なる領域があり、表だけで分析法を決定することはできません。

1. 濃度範囲:装置検出限界ではなく、試料中の要求値を見る

ICP-MSは一般にICP-OESより低い濃度域を測定できます。一方、原料、合金、めっき液、工程液など、対象元素が高濃度に含まれる試料では、ICP-OESが扱いやすい場合があります。

判断するときは、次の順に測定溶液中の必要濃度を見積もります。

  1. 試料中の基準値・管理値・報告下限を確認する。
  2. 試料量と最終定容量から、前処理液中の濃度へ換算する。
  3. マトリックス低減のために必要な希釈を反映する。
  4. その濃度を、対象元素について必要な精度で定量できる方法を選ぶ。

例えば、装置単体では十分な感度があっても、前処理による希釈が大きければ測定溶液中濃度は低下します。反対に、感度を優先して希釈を小さくすると、共存成分による信号抑制、スペクトル干渉、汚れなどが問題になることがあります。

元試料濃度と測定溶液中濃度は同じではありません。試料量、定容量、追加希釈倍率を含めた換算方法は、測定値をmg/kgへ換算する方法でも確認できます。

2. 干渉:方式ごとに確認する対象が異なる

ICP-MSで確認する干渉

ICP-MSでは、分析対象と同じ質量電荷比に現れる信号が問題になります。代表例には、異なる元素の同位体が重なる同重体干渉、アルゴン・酸素・塩素・炭素などに由来する多原子イオン干渉、二価イオンによる干渉があります。高濃度マトリックスによる信号抑制・増感や、直前の試料によるメモリーも確認対象です。

対策には、測定質量数の選択、試料の希釈・分離、内標準、干渉補正式、コリジョン/リアクションセル条件の設定などがあります。どの対策が有効かは、対象元素とマトリックスの組み合わせによって異なります。

EPA Method 200.8も、ICP-MSの干渉として同重体、分子イオン、物理干渉などを挙げ、補正と確認の必要性を示しています。EPA Method 200.8

ICP-OESで確認する干渉

ICP-OESでは、他元素の発光線との重なり、分子発光を含む背景、連続発光、迷光などが問題になります。高濃度元素が共存すると、目的元素の波長付近へ影響する場合があります。

対策には、別の測定波長の選択、背景補正位置の設定、干渉補正、試料の希釈・分離などがあります。単にソフトウェアが推奨する波長を選ぶのではなく、実試料や干渉確認用溶液でスペクトルと回収を確認します。

EPA Method 200.7では、背景発光、迷光、発光線の重なりなどをスペクトル干渉として挙げ、代替波長や元素間補正を用いる場合の確認について説明しています。EPA Method 200.7

3. 試料:溶液の見た目ではなく、導入後の負荷まで考える

選定時には、試料の種類だけでなく、前処理後の測定溶液について次を確認します。

  • 総溶解固形分と主成分の濃度
  • 酸の種類と濃度
  • 有機溶媒や残存炭素の有無
  • 懸濁物、析出物、未分解物の有無
  • 対象元素が容器へ吸着・揮散・沈殿する可能性
  • 必要な希釈後も要求定量下限を満たせるか

一般に、ICP-MSは高感度である一方、微量分析のため試薬、容器、前処理環境からの汚染の影響も受けやすくなります。また、高濃度マトリックスはインターフェースの汚れやマトリックス効果につながります。

ICP-OESは比較的高濃度の測定や高マトリックス試料で候補になりやすいものの、許容できる固形分や酸・溶媒は試料導入系と装置条件に依存します。トーチやネブライザーの構成によっても耐性が変わるため、「ICP-OESだから無条件に高マトリックスへ強い」とは判断できません。

4. 運用負荷:測定時間だけでなく、分析全体で比較する

日常運用では、1試料の測定時間だけでなく、次の作業を含めて比較します。

  • ブランク・検量線・精度管理試料の準備
  • 測定条件と干渉対策の妥当性確認
  • 高濃度試料後の洗浄とメモリー確認
  • トーチ、ネブライザー、スプレーチャンバー等の点検
  • ICP-MSのインターフェース部、真空系、セル条件等の管理
  • 再測定や希釈倍率変更が発生する頻度
  • 使用するガス、標準液、消耗品、廃液の管理
  • 担当者教育、異常時の切り分け、記録の維持

ICP-MSは低濃度測定という利点がある一方、汚染管理や質量干渉の評価が結果を左右します。ICP-OESでも、適切な波長と背景補正を選び、高濃度成分による影響を確認する必要があります。

したがって、装置価格や公称感度だけでなく、「日常的に妥当な結果を維持できるか」「必要な試料数を無理なく処理できるか」を評価します。

5. 選定時のチェックリスト

次の質問を上から順に確認すると、候補を絞りやすくなります。

  1. 適用する規格・試験法で測定方式が指定されているか。
  2. 試料中濃度として必要な報告下限・定量範囲はいくらか。
  3. 前処理と希釈後の測定溶液中濃度はいくらになるか。
  4. 主成分、酸、塩、有機物など、どのようなマトリックスが残るか。
  5. 対象元素に想定される干渉を、使用予定の装置で確認・補正できるか。
  6. 低濃度元素と高濃度元素を同じ条件で測る必要があるか。
  7. ブランク、添加回収、認証標準物質などで妥当性を確認できるか。
  8. 洗浄、保守、消耗品、担当者教育を含む運用を継続できるか。

規格上どちらも使用できる場合は、代表的な実試料を用いて、定量下限、真度、精度、希釈直線性、添加回収、干渉、試料間汚染などを比較します。標準液だけで良好だったことを、実試料にもそのまま当てはめないようにします。

まとめ

ICP-MSとICP-OESの選択では、次の4点をまとめて判断します。

  • 濃度範囲:前処理・希釈後も必要な定量下限を満たせるか。
  • 干渉:対象元素とマトリックスに対する干渉を確認・管理できるか。
  • 試料:溶解固形分、酸、有機物などを含め、安定して導入できるか。
  • 運用負荷:精度管理、洗浄、保守、教育を継続できるか。

微量だからICP-MS、高濃度だからICP-OESという判断は出発点にはなりますが、それだけでは十分ではありません。要求値を測定溶液中濃度へ換算し、実試料の干渉と運用条件を確認したうえで、目的に合う方法を選びます。

本記事は一般的な選定観点を示すもので、特定の試験法への適合や個別試料での性能を保証するものではありません。実際の分析条件は、適用する規格・試験法、装置メーカーの資料、試験所の手順および妥当性確認結果に基づいて決定してください。