分析ノウハウ
分析法バリデーションの精度:ICP・クロマトグラフィー・分光法での評価方法

分析法バリデーションにおける「精度」は、同じ試料を繰り返して測定したとき、結果がどの程度まとまるかを表す性能です。英語では precision と呼ばれ、通常は標準偏差(SD)、相対標準偏差(RSD、変動係数)、分散などで表します。
精度の評価で難しいのは、「何を繰り返すか」と「どこまで条件を変えるか」によって、見えている変動が変わることです。同じ溶液を連続注入する試験と、別々に秤量・前処理した試料を異なる日に測る試験は、どちらも繰り返し測定ですが、評価する範囲は同じではありません。
この記事では、併行精度、室内再現精度、再現精度の違いを整理し、ICP-MS・ICP-OES、GC・LC、分光法での試験設計と結果の読み方を説明します。
精度は「測定値の散らばり」を見る
同じ条件で得た測定値が 9.9、10.0、10.1 mg/kg のように近ければ散らばりは小さく、精度は良好です。8.5、10.2、11.3 mg/kg のように広がれば、精度は低いと判断します。
精度は基準値への近さではありません。測定値がすべて12 mg/kg付近に揃っていても、基準値が10 mg/kgなら、精度は良くても真度には問題があります。この違いは、前回の分析法バリデーションの真度で詳しく説明しています。
| 性能 | 評価するもの | 主な指標 | 例 |
|---|---|---|---|
| 精度 | 繰り返し値の散らばり | SD、RSD、分散、RPD | 値同士がどれだけ揃うか |
| 真度 | 測定平均と基準値の近さ | 回収率、偏り | 平均が基準値へ近いか |
三つの精度を条件の広さで理解する
ICH Q2(R2)では、精度を併行精度、室内再現精度、再現精度の三つの水準で考えます。
| 精度の水準 | 主に変える条件 | 分かること | 一般的な位置付け |
|---|---|---|---|
| 併行精度 | 同一条件、短時間 | 操作と測定の短期的な散らばり | 通常評価する |
| 室内再現精度 | 日、分析者、装置、環境、試薬ロットなど | 同一試験所の日常的な変動 | 通常評価する |
| 再現精度 | 試験所 | 別試験所へ方法を移したときの変動 | 標準化や共同試験などで評価 |
併行精度
同じ操作条件のもと、短い時間内で繰り返したときの精度です。repeatability、intra-assay precision とも呼ばれます。重要なのは、原則として分析手順の最初から独立に調製することです。
同じ最終溶液を6回読み取るだけでは、装置の読み取り精度は分かりますが、秤量、抽出、分解、希釈などの変動を含みません。分析法全体の併行精度を示すなら、試料採取または前処理開始から独立に反復します。
ICH Q2(R2)は例として、報告範囲を覆う3濃度×各3回の計9測定、または試験濃度100%で6回以上の測定を示しています。ICH Q2(R2):Validation of Analytical Procedures
室内再現精度
同じ試験所の中で、日常運用時に変わり得る条件を含めた精度です。intermediate precision と呼ばれます。別日、別分析者、別装置、環境条件など、分析法に関係する変動要因を選びます。
すべての要因を一つずつ単独で調べる必要はありません。実際の運用とリスクに基づき、複数条件を組み合わせた実験計画を作ります。例えば、2分析者×3日×各2反復なら、分析者差、日間差、反復差を含むデータが得られます。
再現精度
異なる試験所間での精度です。reproducibility と呼ばれます。ICH Q2(R2)では、通常の申請で常に必要というより、薬局方収載など分析法を標準化する場合に検討する位置付けです。
試験所間では、装置形式、試薬、分析者、環境、標準液調製、ローカルな手順解釈まで変わります。共同試験では、同じ試料を配布し、各試験所が定められた手順で独立に分析します。
SD・RSD・RPDを使い分ける
標準偏差(SD)
SDは、個々の値が平均値からどの程度離れているかを、元の測定値と同じ単位で示します。
SD = √{偏差平方和 ÷(n − 1)}
10.0 mg/kg付近のSD 0.2 mg/kgと、1000 mg/kg付近のSD 0.2 mg/kgでは相対的な意味が違います。異なる濃度を比較するときはRSDが分かりやすくなります。
相対標準偏差(RSD)
RSD(%)= SD ÷ 平均値 × 100
平均10.0 mg/kg、SD 0.2 mg/kgならRSDは2.0%です。RSDは濃度に対する相対的な散らばりを示します。
ただし、平均値がゼロに近いとRSDは極端に大きくなり、平均が負値またはゼロでは解釈できません。ブランク付近や定量下限付近では、SDを濃度単位で示す、測定不確かさや絶対誤差と併せるなどの方法が必要です。
相対差(RPD)
2試料だけを比較する場合は、RSDよりRPDがよく使われます。
RPD(%)=|結果1 − 結果2|÷{(結果1 + 結果2)÷ 2}× 100
例えば9.8 mg/kgと10.2 mg/kgなら、RPDは4.0%です。RPDは重複試料やマトリックススパイク/スパイク重複試料の評価に便利ですが、2点だけなので、分布や外れ値を十分には評価できません。
濃度が低いほどRSDは大きくなりやすい
測定信号には、ブランクの揺らぎ、読取りノイズ、前処理操作のばらつきなどが含まれます。同じ0.1 mg/kgのSDでも、平均1 mg/kgならRSD 10%、平均100 mg/kgならRSD 0.1%です。
したがって、高濃度で得た良好なRSDだけを、低濃度の定量へそのまま当てはめることはできません。報告範囲を代表する低・中・高濃度で精度を確認し、濃度による変化を見ます。
反復の単位を明確にする
「n=6」と書くだけでは、何を6回行ったか分かりません。次の反復は、含む変動が異なります。
| 反復の単位 | 含む主な変動 | 含まない主な変動 |
|---|---|---|
| 同一溶液の連続読取り | 装置信号の短期変動 | 秤量、前処理、希釈、調製 |
| 同一バイアルの反復注入 | 注入・検出・積分 | 抽出、誘導体化、試料調製 |
| 同一前処理液の別希釈 | 希釈と測定 | 採取、分解・抽出 |
| 独立した試料前処理 | 採取から報告値まで | 一次サンプリングを除く場合が多い |
| 独立した現場試料 | サンプリングと分析 | 対象母集団全体の不均一性は別途検討 |
分析法バリデーションで一般に知りたいのは、日常の報告結果がどの程度ばらつくかです。そのため、通常の報告値を得る手順と同じ開始点から反復します。
ICP-MS・ICP-OESにおける精度
ICP分析の変動には、試料の不均一性、秤量、分解、定容・希釈、試料導入、プラズマ、スペクトル干渉補正、内標準補正、濃度換算が含まれます。
ICPの併行精度
固体試料なら、同じ均質化試料から複数の試料量を独立に採り、各容器で分解・定容します。液体試料でも、独立した採取、希釈、内標準添加から反復します。同一分解液を連続測定するだけでは、分解と採取のばらつきを評価できません。
対象元素が定量下限付近の場合、自然試料だけではRSDが不安定になることがあります。代表マトリックスへの添加試料を使い、低・中・高水準を作る方法が有効です。ただし、添加元素と天然存在元素で分解挙動が異なる可能性は記録します。
ICPの室内再現精度
次の条件から、日常的に変化するものを選びます。
- 分析日、分析者、分解バッチ
- ICP装置または試料導入系
- ネブライザー、トーチ、コーンなどの消耗部品状態
- 検量線と標準液の独立調製
- 酸・試薬ロット、分解容器
- ICP-MSのセル条件・チューニング、ICP-OESの観測条件
内標準は導入効率や短期ドリフトを補正しますが、試料不均一性、分解不良、汚染、誤希釈をすべて補正するものではありません。内標準補正後のRSDが良くても、前処理を含む独立反復で確認します。
重複試料とMS/MSD
実試料の重複分析は、マトリックスと前処理を含む精度確認に使えます。マトリックススパイクとスパイク重複試料(MS/MSD)は、同じ添加濃度の2試料を独立に処理し、回収率の差またはRPDを評価します。
EPA Method 6020Bは、ICP-MSの重複分析についてRPDの計算を示し、低濃度試料より十分な濃度の試料を使う方が精度評価に適すると説明しています。具体的な基準値は、その方法・マトリックス・試験所で設定した管理限界を優先します。
GC・LCにおける精度
GC・LCでは、試料採取、抽出、精製、濃縮、再溶解、誘導体化、注入、分離、検出、ピーク積分がばらつきの原因になります。
注入精度と分析法全体の精度を分ける
同一バイアルを6回注入して得たピーク面積RSDは、オートサンプラーや検出器の短期安定性を示します。これはシステム適合性として有用ですが、抽出回収や試料調製のばらつきは含みません。
分析法の併行精度は、独立した試料量を採り、抽出・誘導体化・内標準添加などを最初から行います。報告値が複数注入の平均なら、各独立試料について通常どおり平均し、その報告値同士の精度を評価します。
GC・LCで確認する変動要因
| 工程 | 変動要因の例 | 確認の例 |
|---|---|---|
| 試料調製 | 混合、秤量、抽出時間、相分離 | 独立前処理、分析者・日を変更 |
| 誘導体化 | 温度、時間、水分、試薬状態 | 反応バッチ、試薬ロットを変更 |
| 注入 | 注入量、針洗浄、気化、ライナー | 反復注入、別バイアル、別日 |
| 分離 | 流量、温度、移動相、カラム状態 | 別カラム、別装置、日間比較 |
| 検出 | UVランプ、MSイオン源、感度ドリフト | QC応答、内標準応答を確認 |
| 積分 | ベースライン、共溶出、閾値 | 統一設定、クロマトグラム確認 |
内標準物質は注入量や抽出の変動を補正できますが、対象物質と内標準の挙動が一致しない場合は補正しきれません。対象物質の濃度RSDだけでなく、対象物質と内標準物質それぞれの応答、面積比、保持時間を確認すると、変動原因を切り分けやすくなります。
分光法における精度
分光法では、セル・試料の設置、光路長、波長、光源、ベースライン、温度、濁り、試料厚み、スペクトル前処理がばらつきへ影響します。
UV-Vis・蛍光
同じセルを置いたまま連続読取りすると、光学系の短期ノイズは分かります。しかし、日常測定でセルを出し入れし、試料を調製するなら、独立調製、セルへの再充填、再設置まで反復へ含めます。
発色反応を使う方法では、反応時間、温度、試薬添加順序、混合、発色試薬ロットが重要です。室内再現精度では、別日・別分析者・独立試薬調製を組み込みます。蛍光法では、光退色、消光、内フィルター効果の時間変化にも注意します。
IR・ラマン・近赤外
固体試料では、粒径、充填、測定位置、圧力、結晶状態、含水率がスペクトルの再現性へ影響します。同一位置を繰り返し読むだけでなく、試料の再充填・再配置、複数位置の測定を含めます。
多変量定量法では、各スペクトルの予測値について併行精度・室内再現精度を評価します。校正モデルを毎回作り直す試験なのか、固定モデルで試料測定だけを繰り返す試験なのかを明記します。スペクトル前処理や外れ値判定を測定ごとに都合よく変更しないことも重要です。
定量NMR
定量NMRでは、試料調製、内標準秤量、溶解、チューブ、温度、シム、パルス条件、緩和遅延、位相・ベースライン補正、積分範囲が精度へ影響します。同一試料の連続取得と、独立調製試料の精度を分けて評価します。
三つの分析法を比較する
| 観点 | ICP-MS・ICP-OES | GC・LC | 分光法 |
|---|---|---|---|
| 最初から反復する工程 | 採取、分解、定容、希釈 | 採取、抽出、精製、誘導体化 | 調製、反応、セル・試料設置 |
| 装置だけの反復 | 同一溶液の連続測定 | 同一バイアルの反復注入 | 同一設置状態の連続読取り |
| 主な短期変動 | 導入、プラズマ、計数・発光信号 | 注入、分離、検出、積分 | 光源、検出、ベースライン |
| 主な日間変動 | チューニング、部品、分解バッチ | 移動相、カラム、イオン源、誘導体化 | セル、試薬、温度、試料配置 |
| 有効な管理情報 | 内標準、QC、重複、MS/MSD | 面積比、保持時間、QC、SST | QCスペクトル、標準、背景 |
| 代表的な指標 | SD、RSD、RPD | SD、RSD、面積比RSD | SD、RSD、予測値のばらつき |
実験計画をどう組むか
精度試験は、次の順に設計します。
- 日常の報告結果が、どの工程と反復から作られるかを定義する。
- 併行精度では、報告範囲を代表する濃度と独立調製数を決める。
- 室内再現精度では、日、分析者、装置、試薬ロットなど重要な変動要因を選ぶ。
- 各条件へ試料を偏りなく割り付け、測定順序によるドリフトと条件差を混同しないようにする。
- SD、RSD、信頼区間を精度水準ごとに算出する。
- 濃度別、日別、分析者別のグラフで、特定条件に偏った散らばりがないか確認する。
- 事前に定めた基準と使用目的に照らして判定する。
- 試料、反復の開始点、変更条件、外れ値の扱い、計算方法を記録する。
複数要因を含む場合、全データをまとめたRSDだけでは原因が分かりません。必要に応じて分散分析やランダム効果モデルを使い、反復、日、分析者、装置などの分散成分を推定します。ただし、設計にない要因の寄与は後から分離できません。
合否基準の決め方
精度の合否基準は、濃度、試料の複雑さ、規格幅、分析目的、真度、測定不確かさ、誤判定リスクを考慮して事前に設定します。すべての分析へ一律のRSD基準を適用するのは適切ではありません。
低濃度ではRSDが大きくなりやすいため、濃度帯別の基準が必要になることがあります。規格判定に使う方法では、規格幅に対して精度が十分小さく、境界付近の試料を安定して判定できるかを考えます。
ICH Q2(R2)は、各精度についてSD、RSDおよび信頼区間を報告し、規格限度と整合することを示しています。平均RSDだけでなく、個々の結果、条件別の傾向、異常値を確認します。
よくある誤解
| 誤解 | 実際の考え方 |
|---|---|
| 同じ溶液を6回測れば分析法の精度になる | 装置反復だけでは前処理の変動を含まない |
| RSDが小さければ結果は正しい | 系統的にずれた値が揃うこともあるため、真度は別に評価する |
| nが多いほど十分である | 同じ調製液の読取りを増やしても、調製間変動は分からない |
| 室内再現精度は日を変えるだけでよい | 分析者・装置など、実際に変わる重要条件をリスクから選ぶ |
| 外れ値を除けばRSDが改善する | 除外には事前ルールと科学的な原因調査が必要 |
| 内標準補正後のRSDだけ見ればよい | 補正前応答と内標準応答にも異常の手掛かりがある |
まとめ
精度は、繰り返し測定値の散らばりを示す性能です。最も重要なのは、数値計算よりも「どこから独立に繰り返し、どの条件を変えたか」を明確にすることです。
- 併行精度は、同一条件・短時間での分析手順全体の散らばりを見る。
- 室内再現精度は、日、分析者、装置など日常運用の変動を含める。
- 再現精度は、試験所間で方法を標準化・移管するときに重要となる。
- SDは絶対的な散らばり、RSDは平均に対する割合、RPDは2結果の差を示す。
- ICP、GC・LC、分光法のいずれも、装置の反復だけでなく前処理・試料調製から独立に評価する。
- 濃度別の散らばりと、条件別の傾向をグラフで確認する。
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本記事は、分析法バリデーションにおける精度の一般的な考え方を示すものです。具体的な試験水準、反復数、統計処理、合否基準は、分析目的、適用する規格・ガイドライン、顧客要求、試験所のSOPに基づいて設定してください。