分析ノウハウ
分析法バリデーションは何のため?ICP-MSを例に目的と実施場面を整理する

分析法バリデーションは、分析法が「意図した目的に使えること」を、実験データに基づいて確かめ、記録する活動です。良い数値が一度得られたことを示すのではなく、対象試料、対象元素、濃度範囲、前処理、装置条件などを定めたうえで、必要な性能を備えているかを確認します。
この記事では、ICP-MSによる元素分析を例に、バリデーションの目的と実施を検討する場面を概観します。真度、精度、選択性、定量限界など、個別の性能特性の詳しい評価方法や合否基準は、今後の記事で順に扱います。
バリデーションの目的は「目的に適う分析法だと説明できること」
分析結果は、原料を受け入れるか、製品を出荷できるか、環境基準を満たすかなど、さまざまな判断に使われます。その判断に使う分析法には、対象とする試料と濃度範囲で、必要な信頼性をもつことが求められます。
例えば、ICP-MSで水試料中の微量元素を測定できても、その条件を高塩濃度の工程液へそのまま適用できるとは限りません。共存成分による信号抑制、多原子イオン干渉、容器や試薬からの汚染、前処理中の損失が、結果へ影響する可能性があります。
バリデーションでは、こうした使用目的と分析法の組み合わせを明確にして、次の問いに答えられる状態を目指します。
- 何を、どの試料で、どの濃度範囲まで測る方法か。
- 結果へ影響し得る成分や操作を、どのように管理するか。
- 要求される性能を満たすことを、どの実験と記録で示したか。
- どの条件までを、この分析法の適用範囲とするか。
ICH Q2(R2)も、分析法バリデーションの目的を、分析法が意図した目的に適していることを示すものとしています。ただし、医薬品、食品、環境、工業材料などでは、適用される規制・規格や求められる性能が異なります。ICH Q2(R2):Validation of Analytical Procedures
ICP-MSを例に考える
例として、「製品中の元素AをICP-MSで定量し、管理値への適合を判断する」分析法を考えます。
装置で元素Aの信号が得られるだけでは、分析法全体が目的に適うとは判断できません。実際の結果には、試料採取、秤量、分解、定容、希釈、内標準の添加、装置測定、検量線、干渉補正、濃度換算までが関係します。
そのため、少なくとも次のような前提を先に定めます。
| 定めること | ICP-MSでの例 |
|---|---|
| 使用目的 | 製品中の元素Aを定量し、決められた管理に用いる |
| 対象試料 | 特定の原料、製品、工程液など |
| 対象元素 | 元素と測定質量数、必要に応じて同位体 |
| 対象範囲 | 試料中濃度として必要な範囲と報告下限 |
| 分析手順 | 採取から前処理、希釈、測定、換算、報告まで |
| 想定する影響 | マトリックス、干渉、ブランク、メモリー、汚染など |
この前提に対して、必要な性能特性を選び、実験計画と合否基準を事前に定めます。すべての分析法で同じ試験を同じ回数だけ行うのではなく、使用目的とリスクに合わせて計画することが重要です。
バリデーションを検討する主な場面
新しい分析法を導入するとき
試験所内で新たに分析法を開発した場合や、これまで測定していなかった元素・試料へ方法を設定する場合です。ICP-MS装置の条件だけでなく、前処理と計算を含む分析手順全体について、目的に適うかを確認します。
公定法や標準法を自施設で使い始めるとき
すでに妥当性が示された標準法でも、自施設の装置、担当者、試薬、試料条件で想定どおりの性能を得られるかは確認が必要です。この場合、常に一から全面的なバリデーションを行うとは限らず、方法の採用条件に応じて検証を行います。
バリデーションと検証の使い分け、必要な範囲は、適用する規格や組織の手順に従って決めます。Eurachemのガイドも、方法が目的に適うことを中心に、バリデーションと検証の考え方を扱っています。Eurachem:The Fitness for Purpose of Analytical Methods
試料や適用範囲を広げるとき
水試料用の方法を高塩濃度試料へ広げる、測定対象元素を追加する、さらに低い濃度まで報告するなど、従来の確認範囲を超える場合です。
ICP-MSでは、試料マトリックスが変わると、干渉、内標準応答、希釈の必要性、検出・定量可能な濃度が変わることがあります。「同じ装置で測るから同じ性能」とは考えず、変更点が結果へ与える影響を評価します。
分析法や設備を大きく変更するとき
前処理法、酸組成、試料量、定容量、測定質量数、干渉除去条件、装置などを変更した場合です。変更の大きさと影響に応じて、再度確認する項目と範囲を決めます。
装置更新時も、メーカーや型式が同じという理由だけで影響がないとは限りません。一方で、変更のたびにすべてを最初から繰り返すのではなく、既存データと変更リスクを踏まえて科学的に範囲を設定します。
規制・顧客・品質システムから要求されるとき
承認申請、試験所認定、顧客仕様、社内品質システムなどにより、分析法の妥当性を文書で示す必要がある場面です。要求元によって用語、必要なデータ、記録様式が異なるため、実験を始める前に適用文書を確認します。
FDAの医薬品向けガイダンスも、申請資料において、原薬・製剤の同一性、含量、品質、純度、力価を支える分析法とバリデーションデータについて説明しています。FDA:Analytical Procedures and Methods Validation for Drugs and Biologics
バリデーションだけで日々の結果は保証されない
バリデーションは、設定した条件と範囲で必要な性能を確認した時点の証拠です。その後に測定するすべての試料が自動的に正しいと保証するものではありません。
日常測定では、検量線、ブランク、精度管理試料、内標準応答、添加回収、メモリー、装置状態などを確認し、バリデーション時に示した状態が維持されているかを監視します。想定外の試料や逸脱が見つかった場合は、結果への影響を調査し、必要に応じて方法の適用範囲や管理方法を見直します。
つまり、バリデーションは「一度合格すれば終わり」の行事ではなく、日常の精度管理へつながる出発点です。
実施前に整理しておきたいこと
詳細な試験計画へ進む前に、次の事項を関係者で共有します。
- 分析結果を何の判断に使うのか。
- 対象試料、対象元素、濃度範囲はどこまでか。
- 適用する法令、規格、顧客要求、社内手順は何か。
- 採取から報告まで、分析法に含める工程はどこまでか。
- 誤った結果が出た場合、どのような影響があるか。
- 誰が計画、実施、確認、承認を担当するか。
- どの性能を、どの基準で確認するか。
合否基準は、結果を見てから都合よく決めるものではありません。使用目的と要求事項から事前に設定し、試験計画、元データ、計算、逸脱、結論を追跡できるように記録します。
まとめ
分析法バリデーションの中心は、分析法が意図した目的に適うことをデータで示すことです。ICP-MSでは、装置の感度だけでなく、試料前処理、マトリックス、干渉、汚染、濃度換算を含む分析法全体を考えます。
- 新規分析法の開発・導入時に検討する。
- 標準法を自施設で採用するときは、必要な検証範囲を決める。
- 試料、元素、濃度範囲、手順、装置を変更するときは影響を評価する。
- 規制や顧客要求がある場合は、適用文書を先に確認する。
- バリデーション後も、日常の精度管理で性能を維持する。
今後のシリーズでは、目的と適用範囲の決め方、選択性、真度・回収率、精度、直線性と範囲、検出限界・定量限界、頑健性、検証・再バリデーションなどを個別に取り上げる予定です。
関連記事:ICP-MSとICP-OESの使い分け/試料前処理で起こる容器吸着・揮散・沈殿
本記事は分析法バリデーションの一般的な考え方を紹介するものです。個別の方法に必要な試験項目、回数、濃度水準、合否基準を示すものではありません。実際の計画は、適用する法令・規格・ガイドライン、顧客要求、試験所の品質システムに基づいて作成してください。