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分析ノウハウ

分析法バリデーションの特異性:ICP・クロマトグラフィー・分光法での考え方

ICP、クロマトグラフィー、分光法で対象信号と妨害信号を区別する分析法バリデーションのイラスト
対象物質と内標準物質の双方について、妨害がないことを確認する。イメージイラスト

分析法バリデーションにおける特異性は、試料中の目的成分を、共存成分や分解物、妨害信号が存在する条件でも正しく識別・定量できることを示す性能です。

「対象物質の標準液でピークが出た」だけでは、特異性を確認したことにはなりません。実際の試料には、マトリックス、類縁物質、分解物、他元素、溶媒、試薬、容器由来成分などが共存します。これらが対象信号へ与える影響を、分析法の使用目的に即して評価します。

さらに、内標準法を用いる場合は、対象物質だけでなく内標準物質の特異性も必要です。内標準が試料中にもともと存在する、対象物質や妨害成分と信号が重なる、対象物質の測定を妨げる場合、補正後の結果が正しく見えても信頼できません。

この記事では、ICP-MS・ICP-OES、GC・LC、分光法を例に、特異性の考え方、確認試料、内標準物質の注意点を整理します。

特異性は「他の成分があっても目的を果たせるか」で考える

ICH Q2(R2)は、特異性・選択性を、妨害がないこと、直交する別手法との比較、または測定技術の科学的原理によって示せるとしています。一つの分析法だけで十分な識別性を得られない場合は、複数の分析法を組み合わせる考え方も示しています。ICH Q2(R2):Validation of Analytical Procedures

ここで重要なのは、特異性を装置固有の能力だけで考えないことです。前処理、分離、測定信号、補正、計算を含む分析手順全体として、次の問いに答えます。

  • 対象物質がない試料で、対象物質として誤認する信号が出ないか。
  • 対象物質がある試料で、共存成分によって結果が偏らないか。
  • 想定される類縁物質、分解物、マトリックスを区別できるか。
  • 測定対象の同定に使う情報は十分か。
  • 内標準物質の信号を別成分と誤認していないか。
  • 内標準物質が対象物質の信号を増減させていないか。
ICP、クロマトグラフィー、分光法で対象信号と妨害を区別し、内標準物質も確認する図
特異性の評価では、対象信号だけでなく、想定される妨害と内標準物質の信号を同じ測定条件で確認します。

特異性と選択性をどう扱うか

特異性と選択性は、文書や分野によって使い分けが異なります。厳密には、一つの成分だけへ応答する能力を特異性、複数成分の中から目的成分を区別して測る能力を選択性と呼ぶ場合があります。

実際の分析法では、完全に一成分だけへ応答することは多くありません。分離、波長・質量数の選択、背景補正、干渉補正式などを組み合わせ、使用目的に必要な選択性を確保します。本記事では、バリデーション項目として一般に使われる「特異性」を見出しに用い、必要に応じて選択性を含む意味で扱います。

まず用意する確認試料

特異性試験では、対象物質を含む標準液だけでなく、妨害の有無を切り分けられる試料を用意します。

確認試料主に確認すること
試薬ブランク溶媒、酸、試薬、容器から対象信号が出ないか
マトリックスブランク・プラセボ試料基材が対象信号へ影響しないか
対象物質のみ保持時間、質量数、波長、スペクトルなどの基準情報
妨害候補のみ対象信号として誤検出されないか
対象物質+妨害候補共存時に同定・定量できるか
実試料・代表マトリックス実際の組成で結果が偏らないか
分解・劣化試料生成物が対象信号と重ならないか
内標準物質のみ対象物質チャンネルへ寄与しないか
対象物質+内標準物質相互干渉、クロストーク、信号抑制がないか

すべての分析法へ同じ試料を機械的に適用するのではなく、試料中に存在し得る成分と誤判定の影響から組み合わせを決めます。

ICP-MS・ICP-OESにおける特異性

ICPでは、クロマトグラフィーのような保持時間分離が通常ありません。元素固有の質量数または発光波長を選びますが、同じ測定位置へ別の信号が重なる可能性があります。

ICP-MSで確認する妨害

妨害の種類例・起こり方確認・対策の例
同重体イオン異なる元素の同じ公称質量別同位体、分離能、補正式、別法比較
多原子イオンAr、酸、マトリックス等の組合せが対象質量に重なるHe衝突、反応ガス、別質量数、干渉液
二価イオン・酸化物高質量元素の二価イオン、MО⁺などチューニング指標、干渉候補添加、条件最適化
マトリックス影響高塩濃度や酸組成による信号抑制・増感希釈、マトリックス合わせ、添加回収、内標準
メモリー前試料の元素が次試料へ残る高濃度後ブランク、洗浄時間、導入系確認

EPA Method 6020Bも、ICP-MSではスペクトル、化学、物理干渉を認識・補正し、対象元素、マトリックス、濃度範囲について性能を示す必要があるとしています。EPA Method 6020B

特異性の確認では、対象元素を含まない妨害液、対象元素を添加した妨害液、代表試料を使い、見かけ濃度と添加回収を確認します。別同位体で結果が一致するか、セル条件の有無で結果が不自然に変わらないかも手掛かりになります。

ICP-OESで確認する妨害

ICP-OESでは、他元素の発光線、近接線、連続背景、分子発光、迷光が対象波長へ影響します。背景補正位置に妨害線があると、正の誤差だけでなく過補正による負の誤差も起こり得ます。

EPA Method 6010Dは、対象波長周辺のスペクトル走査、単元素妨害液、代替波長、スペクトル干渉チェック液などによる確認を示しています。EPA Method 6010D

対象元素標準液だけでピーク形状を確認するのではなく、実試料に高濃度で含まれる元素を単独または混合して測定し、対象波長と背景補正位置への寄与を確認します。分析条件や装置分解能が変われば重なり方も変わるため、文献上の干渉表だけで完結させません。

ICPで使用する内標準物質の特異性

ICPの内標準物質は、導入効率や装置ドリフト、マトリックス影響の補正に使われます。しかし、内標準物質を加えれば自動的に正しい補正ができるわけではありません。

少なくとも次を確認します。

  1. 試料中の自然存在:内標準元素が試料に含まれていないか、無視できる量か。
  2. 内標準チャンネルの妨害:他元素や多原子イオンが内標準質量数・波長へ重ならないか。
  3. 対象元素への妨害:添加した内標準元素が対象質量数・波長へ寄与しないか。
  4. 補正挙動:対象元素と近い質量、イオン化挙動、導入挙動を持ち、想定する変動を追従するか。
  5. 添加の一貫性:標準液、ブランク、QC、試料へ同じ条件で添加されているか。
  6. 濃度の妥当性:十分な精度が得られ、同時にスペクトルや総塩濃度へ影響しない濃度か。

EPA Method 6020Bは、ICP-MSの各対象元素に適切な内標準が必要だとし、複数の候補元素を示しています。EPA Method 6010Dも、ICP-OESの内標準には試料中に存在せず、元素間スペクトル干渉を起こさない元素を使用する考え方を示しています。

内標準応答が一定であることだけでは不十分です。例えば、内標準質量数に妨害が加わると、補正値が安定して見えながら対象元素濃度を誤って補正することがあります。内標準物質のみ、妨害候補のみ、両者の混合液を測定し、対象・内標準の双方のチャンネルを確認します。

GC・LCにおける特異性

クロマトグラフィーでは、保持時間の一致だけで対象物質を同定すると、共溶出成分を誤認する可能性があります。分離と検出器情報を組み合わせます。

確認する主な要因

  • 溶媒、試薬、容器、誘導体化試薬のブランク
  • マトリックス成分とプラセボ成分
  • 類縁物質、異性体、代謝物、分解物
  • 抽出工程で生成する副生成物
  • キャリーオーバーとゴーストピーク
  • 対象ピークと隣接ピークの分離
  • UVスペクトル、質量スペクトル、定量・確認イオン比などの同定情報

ICH Q2(R2)の分離分析例では、製品、緩衝液または適切なマトリックスによる妨害がないこと、既知不純物や添加剤を添加すること、必要に応じて強制分解試料で安定性指示性を示すことなどが例示されています。

DAD/PDAのピーク純度やMSスペクトルは有用ですが、それだけで完全な単一成分を証明できるとは限りません。検出できない共溶出成分、スペクトルが類似した成分、濃度差が大きい成分もあるため、既知妨害物の添加、分離条件変更、直交法との比較を組み合わせます。

GC・LCで使用する内標準物質の特異性

クロマトグラフィーの内標準物質は、抽出、注入、誘導体化、イオン化などの変動を補正します。適切な内標準には、対象物質と似た挙動と、対象物質から明確に区別できる信号の両方が必要です。

確認点問題になる例
試料中の存在内標準と同じ化合物が実試料に含まれる
クロマトグラフィー分離内標準が対象物質、類縁物質、分解物と共溶出する
検出器の区別UV吸収や蛍光波長が重なり、別ピークを誤積分する
MSクロストーク内標準の同位体・フラグメントが対象トランジションへ寄与する
同位体寄与高濃度対象物質の天然同位体が同位体標識内標準へ寄与する
純度・安定性内標準原液に対象物質が混入、保存中に分解する

同位体標識内標準は対象物質に近い挙動を示す利点がありますが、質量差、同位体純度、交換反応、対象物質への逆寄与を確認します。構造類似体を使う場合は、対象物質と抽出回収率やマトリックス効果を同じように追従するかを確認します。

FDAはクロマトグラフィーを用いるバイオアナリシスについて、内標準応答の変動が定量値の正確さへ影響し得るため、変動の原因と影響を評価する考え方を示しています。FDA:Evaluation of Internal Standard Responses

分光法における特異性

UV-Vis、IR、蛍光、ラマン、NMRなどの分光法では、波長、波数、化学シフトなどの位置情報とスペクトル形状を利用します。ただし、吸収帯やピークの重なり、ベースライン、散乱、溶媒・水分の信号に注意が必要です。

UV-Vis・蛍光

対象波長に共存成分も吸収・発光する場合、単一波長の測定値だけでは区別できません。マトリックスブランク、対象物質添加、妨害候補添加、スペクトル全体の比較を行います。濁りや粒子による散乱、pHによる吸収スペクトル変化、消光、内フィルター効果も対象物質以外の影響です。

IR・ラマン

対象バンドがマトリックスや添加剤と重なる場合、別バンド、ピーク比、前処理、スペクトルライブラリ、ケモメトリクスなどを検討します。水分、試料厚み、結晶形、粒径、蛍光背景が同定へ影響することもあります。

NMR

定量に使う信号が、溶媒、水、類縁物質、異性体、分解物、内標準物質と重ならないことを確認します。ICH Q2(R2)の定量NMR例でも、対象を代表する信号が、ベースラインアーチファクト、残留水・溶媒、関連不純物、内標準、非対象主要成分、異性体・形態から妨害を受けないことを確認する考え方が示されています。

分光法で使用する内標準物質の特異性

分光法で内標準を使用する場合は、対象信号と分離された安定な信号を持ち、試料成分と反応しないことが必要です。

  • 内標準の吸収帯・発光・ラマンバンド・NMR信号が対象と重ならないか。
  • 内標準がマトリックスや溶媒の平衡、pH、消光、化学シフトを変えないか。
  • 内標準由来不純物が対象信号へ寄与しないか。
  • 対象物質と内標準の応答比が濃度範囲で妥当か。
  • 積分範囲、ベースライン処理、ピーク分離が両者で一貫しているか。

内標準信号が大きく、再現性がよいだけでは選定理由になりません。対象と共通の変動要因を追従しながら、対象および妨害成分とは識別できることを示します。

三つの分析法を比較する

観点ICP-MS・ICP-OESGC・LC分光法
主な識別軸質量数、同位体、発光波長保持時間+検出器情報波長、波数、化学シフト、形状
主な妨害同重体、多原子イオン、発光線重なり、背景共溶出、類縁物質、分解物、キャリーオーバー吸収帯重なり、散乱、溶媒、水、背景
代表的な確認妨害液、別同位体・別波長、SIC、添加回収ブランク、プラセボ、既知不純物添加、強制分解ブランク、妨害添加、全スペクトル、直交法
内標準の注意自然存在、質量・波長干渉、追従性共溶出、クロストーク、同位体寄与、抽出追従信号重なり、反応、消光、積分妨害
一手法で不足する場合別元素測定法、別同位体・波長別分離条件、DAD、MS、別法別スペクトル領域、別原理、分離併用

バリデーション計画へ落とし込む

特異性試験は、「妨害なし」とだけ記載せず、次の順に計画します。

  1. 対象物質、報告目的、濃度範囲を定める。
  2. 試料組成、製造・保存・前処理から妨害候補を列挙する。
  3. 対象、妨害、内標準の各信号が現れる場所を整理する。
  4. ブランク、妨害のみ、対象のみ、混合試料を設計する。
  5. 同定と定量への影響を判定する基準を事前に決める。
  6. 必要に応じて別質量数、別波長、別分離条件、直交法で確認する。
  7. 対象物質と内標準物質について、双方向の干渉を記録する。
  8. 確認したマトリックスと妨害濃度を適用範囲として明記する。

確認試料は、妨害候補が存在しない簡単な溶液だけで終わらせず、実際に起こり得る厳しい条件を含めます。一方で、現実には存在しない極端な妨害濃度だけを使い、使用可能な方法を不適切と判断しないよう、使用目的との整合も必要です。

まとめ

特異性は、対象物質の標準液で信号が得られることではなく、想定される妨害がある条件でも、目的物質を正しく識別・定量できることを示す性能です。

  • ICPでは、同重体、多原子イオン、発光線重なり、背景、マトリックスを確認する。
  • GC・LCでは、保持時間だけでなく、共溶出、分解物、ピーク純度、検出器情報を確認する。
  • 分光法では、対象帯だけでなく、スペクトル重なり、散乱、溶媒・水、背景を確認する。
  • 内標準物質についても、自然存在、信号重なり、対象への寄与、補正対象への追従性を評価する。
  • 一つの分析法で十分に区別できない場合は、別条件または直交法を組み合わせる。

特異性試験の記録には、使用した試料、妨害候補と濃度、クロマトグラム・スペクトル、計算結果、合否基準、適用範囲を残します。「妨害なし」という結論だけでなく、どの妨害をどの条件で確認したかを追跡できることが重要です。

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本記事は、分析法バリデーションにおける特異性・選択性の一般的な考え方を示すものです。必要な妨害物質、濃度、試験数、合否基準は、分析法の使用目的とリスク、適用する規格・ガイドライン、顧客要求、試験所のSOPに基づいて設定してください。