分析ノウハウ
ICP分析における希釈倍率の考え方

濃度換算で使う追加希釈倍率は、分解・抽出後に定容した溶液を、測定までに何倍に薄めたかを表します。「試料量と定容量による換算」と分けて記録すると、倍率の二重計上を見つけやすくなります。
「前処理後に10倍にして、再測定ではさらに5倍にした」という記録でも、どの溶液から5倍希釈したかによって総倍率は変わります。倍率の数字だけでなく、採取元と最終体積までたどれることが大切です。この記事では体積希釈の計算と、再測定時に条件を取り違えない記録方法を説明します。
1 mLを10 mLに定容すると10倍
体積で調製する希釈では、同じ体積単位で次のように求めます。
希釈倍率=希釈後の最終体積÷採取した溶液の体積
1 mLを採取して10 mLに定容した場合、10÷1=10倍です。「10 mLに定容」は最終体積が10 mLという意味です。「溶媒を10 mL加える」と読み替えないようにします。
この説明は、対象成分の損失等を考慮しない体積希釈の計算例です。器具や調製操作は実際の試験手順に従ってください。
採取した溶液の濃度をC₁、体積をV₁、希釈後をC₂、V₂とすると、対象成分量が変わらないという前提からC₁V₁=C₂V₂です。したがってC₁/C₂=V₂/V₁となり、最終体積を採取体積で割った値が倍率になります。
µLとmLが混在する場合
200 µLを10 mLに定容する場合、200 µL=0.200 mLにそろえてから計算します。
10÷0.200=50倍
10÷200=0.05としてしまうと、単位をそろえていないため正しい倍率になりません。本ツールの追加希釈倍率欄には採取体積を入れず、計算した50を入力します。
2段階なら倍率を掛け合わせる
最初に1 mLを10 mLに定容し、その溶液から2 mLを採取して10 mLに定容した場合を考えます。
| 段階 | 操作 | 倍率 |
|---|---|---|
| 1段階目 | 1 mLを10 mLに定容 | 10 |
| 2段階目 | 2 mLを10 mLに定容 | 5 |
| 全体 | 10×5 | 50 |
追加希釈倍率は50倍です。例えば測定溶液中濃度が2 µg/Lなら、追加希釈前の溶液中濃度は2×50=100 µg/Lになります。倍率を10+5=15とは計算しません。
直列の希釈と、別々に作った希釈液を区別する
| 作り方 | 測定する溶液 | 総倍率 |
|---|---|---|
| 原液→10倍希釈液→その液を5倍希釈 | 2段階目の液 | 50 |
| 原液から10倍希釈液を作り、別途原液から5倍希釈液を作る | 後者の液 | 5 |
| 原液→10倍希釈液を作り、その液を希釈せず再測定 | 同じ10倍希釈液 | 10 |
「10倍の後に5倍」という時間順だけでは、50倍とは決められません。再調製が原液からなのか、既存の希釈液からなのかを記録で確認します。
試料量と定容量の比は別に扱う
試料0.5 gを分解し、50 mLに定容した後、さらに50倍に希釈して測定したとします。測定値が2 µg/L、ブランク補正なしの場合は、
2×50×(50÷1000)÷0.5=10 mg/kg
となります。式中の最初の50が追加希釈倍率、次の50が定容量mLです。50 mL÷0.5 gは体積/質量の比であり、無次元の追加希釈倍率としてもう一度掛けるものではありません。
「前処理の倍率」という表現が試験所内で使われていても、何を含んだ値かを確認する必要があります。本ツールは試料量と定容量を別欄で受け取るため、追加希釈倍率には定容液から測定液までの希釈だけを入れます。
再測定で希釈倍率を変えたときの確認例
試料0.5 gを50 mLに定容し、ブランク補正なしで測定するとします。10倍希釈液が10 µg/L、別途調製した50倍希釈液が2 µg/Lだった場合、
| 使用した液 | 測定値µg/L | 追加希釈倍率 | 換算値mg/kg |
|---|---|---|---|
| 10倍希釈液 | 10 | 10 | 10 |
| 50倍希釈液 | 2 | 50 | 10 |
と計算されます。これは計算上整合する人工例です。測定値が小さくなっても、元試料中濃度まで小さくなったとは限りません。
再測定値2 µg/Lだけを上書きし、倍率を10のままにすると、換算値は2 mg/kgになってしまいます。再測定時は測定値と希釈履歴を1組で確認し、どの結果を採用したかも記録します。
なお、この2つは同じ前処理液に対する測定です。本ツールの「独立して秤量・前処理したn試料」として2件に数えるものではありません。再測定結果を照合する場合は、それぞれ単独で換算して記録を比較します。
装置の出力がどの段階の濃度かを確認する
出力列が測定溶液中濃度なのか、希釈補正後濃度なのか、元試料中濃度なのかを確認します。追加希釈補正済みの値を本ツールに入力し、さらに同じ倍率を指定すると二重補正になります。
本ツールは補正前の測定溶液中濃度を入力する仕様です。適切な入力列を確認できない場合は、結果の大きさだけで推測せず、装置の出力設定や試験記録に戻ります。
確認時は、「装置に登録した倍率」と「記録上の倍率」が一致しているかに加え、登録した倍率がその出力列に反映される設定かも確認します。倍率が画面上に見えているだけでは、すべての出力が補正済みとは判断できません。
どの程度薄めるかを検討する計算
測定液が検量線の範囲に入るかを見積もる際にも、倍率の計算が使えます。例えば追加希釈前の濃度を120 µg/Lと見積もり、説明用に測定液の目標を12 µg/Lと置けば、必要倍率は120÷12=10倍です。
この12 µg/Lは例示値であり、推奨濃度ではありません。実際は検量線の範囲、目的の濃度水準、使用できる採取量、試験法の条件から決めます。本ツールには、こうした希釈条件を自動で設計する機能はありません。
また、測定液側の同じ濃度が元試料側で何mg/kgに相当するかは、追加希釈倍率に比例します。m=0.5 g、V=50 mLとして、測定液の0.1 µg/Lを換算すると、D=10で0.1 mg/kg、D=50で0.5 mg/kgです。この計算だけで定量下限を設定したことにはなりませんが、追加希釈を大きくする際に、必要な試料濃度水準を確認する手掛かりになります。
ツールへの入力と記録
追加希釈なしは1、上記の2段階希釈は50を入力します。初期版では段階ごとの倍率を自動計算しないため、採取量・定容量・総倍率を試験記録に残してください。
n試料で条件が同じ場合は、試料1の定容量・追加希釈倍率・ブランク値を引き継げます。条件が異なる試料は個別に修正し、計算結果に表示される入力条件と照合します。
倍率を再現できる記録例
| 記録項目 | 記載例 |
|---|---|
| 前処理液 | 試料Aの分解後50 mL定容液 |
| 1段階目 | 前処理液1.00 mLを10.00 mLに定容、液A1 |
| 2段階目 | 液A1を2.00 mL採取し10.00 mLに定容、液A2 |
| 測定に使用した液 | 液A2 |
| 総追加希釈倍率 | (10.00÷1.00)×(10.00÷2.00)=50 |
| 採用した測定値 | 液A2の測定溶液中濃度、装置側の希釈補正前 |
ここでの液名は説明用です。実際の記録では、採取元・希釈先・採用した測定を結び付けられる管理方法を使います。本ツールは記録保存機能を持たないため、調製履歴そのものは試験記録に残してください。
希釈計算が正しくても、分析上の影響がすべて解決するとは限りません。EPAのICP-MS試験法には希釈試験による確認手順がありますが、その条件をあらゆる分析に共通の基準として当てはめるものではありません。希釈後の換算値が合わない場合は、計算と調製記録を確認したうえで、採用する試験法に沿って測定側の確認へ進みます。EPA Method 6020B、第9.13.1節
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本ツールは計算補助を目的としています。結果は使用する試験法、規格、SOP等に基づいて確認してください。