「この破片は何のプラスチックか」。外観だけでは判断できないとき、FT-IR(フーリエ変換赤外分光法)で分子構造の手掛かりを取り、DSC(示差走査熱量測定)で熱転移を照合すると、候補を効率よく絞れます。例えばPE(ポリエチレン)とPP(ポリプロピレン)はどちらも炭化水素系ですが、赤外吸収の違いと融解挙動を合わせると区別しやすくなります。一方、添加剤入り・多層材・劣化品では、二つの結果が一致して見えても配合や層まで確定したことにはなりません。

この記事は、未知試料を受け取ってから報告するまでの実務手順です。Tg(ガラス転移温度)・Tm(融点)そのものの読み方や、可塑剤・熱履歴による変化は高分子のTg・Tmによる材料推定で詳しく説明しています。測定温度から候補を探すときは高分子のTg・Tm検索ツールも併用できます。

未知プラスチックをFT-IRとDSCで照合する分析フロー
試料の部位を決め、FT-IRで化学構造を、DSCで熱転移を調べ、両者の一致と不一致を評価する

まず結論:二つの測定は何を見ている?

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方法主に分かること典型的な読み方単独では分からないこと
ATR-FT-IR試料の接触面付近にある結合・官能基炭化水素、エステル、アミド、芳香環などの吸収パターンを標準試料と比較バルク全体の組成、添加剤の正確な量、見えない層
DSC試料全体の熱の出入りTgの段差、結晶化の発熱、Tmの融解吸熱を区別化学結合の種類、同じ温度域に入る樹脂の確定

FT-IRのライブラリー検索は便利ですが、表示される一致度だけで決めず、主要な吸収帯が実測スペクトルにあるかを確認します。DSCも「融解ピークの温度が近い」だけでは決めず、Tgの有無、冷結晶化、ピークの数、初回と再昇温の差を見ます。ASTM(ASTM International) D3418はDSCをポリマーの識別にも利用できる一方、熱転移が形態や化学変化の影響を受けると説明しています。

測定前に試料の「どこ」を調べるか決める

包装材、塗装部品、接着剤付きの破片では、表面と内部が同じ樹脂とは限りません。まず写真を撮り、表裏、断面、着色、べたつき、汚れ、層の有無を記録します。ATR-FT-IRでは表面と切り出した清浄な内部を分けて測ると、コーティングや表面劣化を母材と取り違えにくくなります。DSC用には、分析したい層・部位だけを採取し、異物や接着層の混入を避けます。Thermo Fisherのポリマー分析ガイドもATR(全反射測定法)が表面を見る手法であり、バルクを知りたい場合は切り出して確認することを勧めています。

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試料の状態FT-IRの採取位置DSCで特に見る点
均一なペレット・成形片清浄な表面と新しい断面同じ部位から採取し、初回と再昇温を比較
多層フィルム表面、裏面、可能なら各層の断面層を分離できないと複数の熱転移が重なる
劣化・汚染した部品劣化面と削り出した内部を別々に測る初回の熱履歴や酸化・反応の影響を確認
充填材や添加剤が多い試料場所を変えて複数点を測る樹脂量に対して融解熱が小さく見えることがある

FT-IRでは「似ている場所」より「違う場所」を探す

FT-IRでは、まず広い範囲の形を見て、次に候補を分ける領域を確認します。例えばPEとPPはともにC–H吸収が強いので、C–Hだけでは区別できません。PPのメチル基に関係する吸収や、PEの長いメチレン鎖に特徴的な低波数側の吸収を合わせて見ます。島津製作所のPE/PP比較例は、ATR-FT-IRで両者を判別する具体例を示しています。

代表的な樹脂系統をFT-IRの官能基から絞る模式図
赤外スペクトルのピーク位置は模式例。C=O、N–H、芳香環、メチル基などを組み合わせて候補を絞る

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最初に見つける手掛かり候補の例次に照合する点
C=Oが目立たず、C–H主体PE、PPなどメチル基や長いメチレン鎖に関係する吸収、DSCの融解域
強いC=OとC–O、芳香環の吸収PET(ポリエチレンテレフタレート)など芳香族ポリエステル対応する複数の吸収が揃うか、DSCでTg・冷結晶化・融解を確認
C=OとN–Hに関係する吸収PA(ポリアミド)(ナイロン)など吸湿の影響、アミドの吸収、融解挙動
芳香環の吸収があり、強いC=OはないPS(ポリスチレン)など特徴的な芳香環の領域とTg、融解ピークの有無

この表は官能基による一次スクリーニングです。同じ官能基を持つ別の樹脂や添加剤もあります。吸収位置と強度はATR結晶、接触状態、結晶性、配合で変わるため、単一の波数を暗記して判定しないでください。標準試料または信頼できるライブラリーと、同じ測定方式で比較するのが基本です。

DSCでは段差・発熱・吸熱を分ける

Tgは通常、ベースラインの段差として現れ、Tmは結晶の融解に伴う吸熱ピークとして現れます。加熱中に冷結晶化すれば、融解前に発熱ピークが出ることもあります。図は吸熱を上向きに描いていますが、装置設定によって表示方向は逆になります。ISO(国際標準化機構) 11357-2:2020はTg、ISO 11357-3:2025は融解・結晶化の温度と熱量を扱います。

Tgの段差、冷結晶化の発熱、Tmの吸熱を区別するDSC模式曲線
吸熱上向きの模式図。温度・ピーク高さは実測値ではなく説明用

記録には、Tgをオンセットと中点のどちらで読んだか、Tmをピークとオンセットのどちらで読んだかを必ず添えます。試料量、パン、雰囲気、昇温速度、温度校正、初回昇温か再昇温かも残します。非晶性樹脂では明瞭な融解ピークがない場合があり、Tmが見えないだけで測定失敗とは限りません。逆に、架橋材や熱硬化性樹脂では、融解せず反応・分解する場合があります。

3つの判定例:結果をどう結び付けるか

以下の数値・スペクトルは読み方を示す仮想例で、製品規格値や実試料の同定結果ではありません。材料名を報告する前には、対象グレードのメーカー資料や標準試料と照合してください。

例1:PEとPPのどちらか

未知ペレットのFT-IRでは炭化水素の吸収が主体で、PPを支持するメチル基由来の吸収パターンが見られました。DSCでは約165 °Cに明瞭な融解ピークがあり、測定条件をそろえたPP標準試料に近い挙動でした。この場合は「PP系を支持する」と判断できます。FT-IRがPE寄りでDSCがPP寄りなら、PE/PPブレンド、表層と内部の違い、採取ミスを疑い、部位を分けて再測定します。

例2:透明な破片にポリエステルの吸収

FT-IRでエステルのC=O・C–Oと芳香環の吸収が揃い、DSCでTg、場合によっては冷結晶化、その後の融解が観察されたなら、PETなどの芳香族ポリエステルを候補にできます。ただし、PETでも熱履歴と結晶化度で曲線は変わります。C=Oが一つ見えたからPET、または融解ピークがないからPETではないという判断は避けます。

例3:FT-IRとDSCが食い違うフィルム

フィルム表面のFT-IRはPETに似る一方、DSCにはポリオレフィン系を示唆する別の融解ピークも現れました。このときは、多層材、コーティング、接着層、ブレンドを候補にします。表裏・断面のFT-IRを測り、可能なら層ごとにDSCを行います。二つのピークを一つの樹脂の「二つの融点」と決めつけないことが大切です。島津製作所のフィルム測定解説も、部位や層を分けたFT-IR測定の有用性を紹介しています。

FT-IRとDSCの結果が一致・不一致の場合の次の一手
一致しても候補として報告。不一致なら測定部位、層、配合、熱履歴を確認する

本サイトのツールを使った照合手順

  1. DSC曲線からTgとTmを読み、定義と測定条件を記録します。候補を探す段階では、高分子のTg・Tm検索ツールに温度を入力します。参考値に近い材料が複数あれば、候補を残したまま出典とグレードを確認します。検索結果は同定確率ではありません。
  2. FT-IRの官能基から、候補の繰り返し単位にどんな結合が必要かを整理します。Chemlioraの構造式描画ツールで候補の構造や繰り返し単位を描き、エステル、アミド、芳香環、メチル基などの有無を視覚的に確認できます。
  3. ChemlioraのIR(赤外線)参考予測は、入力した構造の説明を助ける補助表示として使います。実測した高分子FT-IRスペクトルをアップロードして自動同定する機能でも、ポリマー全体の実測スペクトルを置き換えるものでもありません。特に短い繰り返し単位や小分子モデルの予測を、高分子の結晶性・末端基・配合・測定方式まで含めたライブラリースペクトルと同一視しないでください。
  4. 最後に、実測FT-IRと標準試料・ライブラリー、実測DSCと同条件の参考値を照合します。食い違う場合は試料位置を変え、必要に応じてラマン、密度、TGA(熱重量測定)、顕微FT-IR、抽出後の分析などを追加します。

報告書に残す最小セット

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項目記録例
試料受領番号、写真、採取した表面・断面・層、前処理
FT-IRATR結晶、接触条件、測定範囲、主要吸収、比較した標準・ライブラリー
DSC試料量、パン、雰囲気、昇温速度、初回・再昇温、Tg/Tmの読み取り定義
解釈一致した根拠、矛盾点、他に残る候補、追加確認の要否

結論は「PPと同定」などの断定を急ぐより、証拠の強さに合わせて書きます。 例えば「ATR-FT-IRの主要吸収とDSCの融解挙動はPP系材料と整合する。ただし添加剤組成とグレードの特定は本測定の範囲外」とすれば、何が分かり、何が残るかが伝わります。まずは高分子のTg・Tm検索ツールで温度候補を確認し、Chemlioraで候補構造を見比べてみてください。